「細胞シートが牽引する未来医療」と題するシンポジウムが2012年11月15日、東京女子医科大学弥生記念講堂で開かれた。文部科学省の先端科学事業に指定されて 7年目の同大学先端生命医科学研究所を中心とした細胞シート研究の最新成果発表会といえるもの。ノーベル賞に決まったiPS細胞が再生医療の材料として脚光を浴びているが、現実には、細胞シートが二歩も三歩も先行している。
糖尿病や肝臓病治療も視野に
細胞シートとは、本人の細胞を培養して増やし、厚さ0.1 ミリ以下の薄い透明な紙状にしたもの。先端生命医科学研究所長の岡野光夫教授が1990年、開発に成功した。
培養皿で細胞を培養すると、細胞をはがし取るのが難しい。たんぱく分解酵素を用いる従来法では細胞表面の重要なたんぱくが壊れて培養細胞の機能が損なわれた。
ポイントは岡野さんらが発見した「温度応答性」高分子材料。この材料を表面に貼った培養皿を摂氏37度にし、細胞培養すると、細胞は培養皿にくっついて広がる。ところが、摂氏20度にすると、材料の性質が変わって皿と細胞の間に水が入り、細胞がすっとはがれて、表面たんぱくが無傷の細胞シートができる。
大阪大学の澤芳樹教授(心臓血管外科)らが2007年、心筋こうそくの患者に皮膚細胞シートを応用して治したことは記憶に新しい。
シンポジウムでは岡野さんが角膜、心筋をはじめとする細胞シート実用化への挑戦を紹介した。最も進んでいるのは口腔粘膜細胞シートを利用した角膜上皮の再生医療。関連企業・セルシードの坂井秀昭部長が、フランスで25人の臨床試験を実施、2011年に欧州医薬品庁に販売承認の申請をしたことなどを明らかにした。大木岳志・東京女子医大准講師 (消化器外科) は10人の患者で、早期食道がんの内視鏡手術後の食道再生に口腔粘膜細胞シートを応用し、有効性を確かめた。
細胞シートによる歯周病、難治性中耳炎、軟骨再生などの臨床研究も始まり、糖尿病、肝臓病治療も視野に入っている。協力企業の日立製作所は自動培養装置を開発中という。
(医療ジャーナリスト・田辺功)