「売国奴!」「テロリスト、帰れ!」――東京・有楽町で街頭演説に立つ民主党の菅直人前首相に、手厳しいヤジが次々と浴びせられる。2012年11月16日、衆院解散の夜のできごとだ。菅前首相は無視するように演説を続けたものの、その声はしばしば怒声にかき消された。
これらの激しいブーイングは、「国民の声」なのか。そう言い切るには、ちょっと「麗しすぎる」かもしれない。というのもこの少し前、Twitter(ツイッター)などでは、「売国奴達に罵声を浴びせてやりたい方、是非現地へ」などと、「有志」による動員を呼びかける動きが見られたからだ。
最近、保革を問わず、様々な「市民」の動きが盛んだ。「草の根運動」「勝手連」などと肯定的に語られることも多い。だが、それらには陰に陽に「ソーシャルメディア」が絡み、何となく「危うい」部分も付きまとう。
ネットの声が「圧力団体」と化すとき
枝野幸男経産相も「標的」になった。11月25日、東京・池袋で街頭演説を行った枝野経産相を待っていたのは、「忌中」「民主党が地上から無くなりますように」「民主党は民団、総連とズブズブ」などというプラカードを掲げる7、8人。見かけはごく普通の若者風だが、なぜか韓国旗などを掲げるメンバーもおり、「マンセー(万歳)」などと声を上げる。この際も、ツイッターなどでは「応援」に集まるよう事前の告知があった。
たとえ演説妨害であろうと、それもまた「国民の声」だという見方もあるかもしれない。しかしネットユーザーの中には、特定の政党を支援し、政治的団体に所属することを公言する、いわば「プロ市民」というべき人もいる。
11月16日、「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)で、痴漢事件のニュース中「誤って」安倍晋三・自民党総裁の映像が流れてしまった。番組中でアナウンサーが、「先ほど関係のない映像が出てしまいました。申しわけございません」と謝罪した。
安倍総裁は18日にFacebook(フェイスブック)で自らこの件を取り上げ、「ネガティブキャンペーンがいよいよ始まったのでしょうか?」「謝罪があってしかるべき」と怒りを露わにした。ネットの声は「安倍さんを守れ!」とヒートアップし、スポンサーへの「電凸」(電話による集中的なクレーム)も行われた。結局、TBSは20日に改めて謝罪声明を出すことになった。
安倍総裁は秘書名義で「インターネット時代の勝利」と「勝利宣言」を出した。一方で、これは「ネットの声」を自ら煽り、TBSへの「圧力団体」として利用したのではないかと指摘する声もあった。
ネットでは今、様々な「愛国的」な市民の動きが盛んだ。「麻生元首相、安倍総裁支援」「嫌韓嫌中」などを訴えるサイトには、テレビ番組の提供スポンサーにクレームする場合の「文例」も用意されている。そして日本を危うくする「マスゴミの反日報道」を日々監視している。「尖閣」や「竹島」の問題を通じて、こうした人々の危機感は高まる一方だ。
ネット発「脱原発デモ」に参加する候補者
一方で、大手新聞などが肯定的に取り上げることが多い「脱原発派」。ツイッターなどのソーシャルメディアを通じて「自然発生的」に事態を憂える人々が集まり、「官邸デモ」に代表される大規模な運動を展開したと語られることが多い。
今回の選挙でも引き続き、「選挙によって脱原発を実現しよう」と燃えている人が少なくない。
ツイッターなどでは現在、何種類かの「脱原発候補者リスト」が拡散している。これまでの言動から、候補者たちの「脱原発」度を診断したものだ。脱原発派には高い評価が与えられる一方、たとえば石原慎太郎・前東京都知事などには「原発推進」の烙印が押される。「わかりやすい」「便利!」といった賞賛が集まるが、そのうちのあるリストは現職の地方議会議員が作成したものだ。ここでも、「プロ」と一般市民が交錯する。
脱原発デモなどの参加者はネットで情報を知ったという人が多いとされる。7月30日の朝日新聞は、「官邸前抗議行動を何から知ったか」というアンケートで「ツイッター」が39%、「人づて」が17%、「ウェブ」が12%、「フェイスブック」が7%、テレビ7%、新聞6%という調査結果を紹介していた。この結果を見ると、「自然発生的」との見方を裏付けているようにも見えるが、「ツイッター」で発信し、「ウェブ」で告知して参加を呼びかけている仕掛人たちの実像は、この記事ではよく分からないままだ。
今度の総選挙に、都内の、ある選挙区から立候補を予定している革新系の人物が最近配布しているチラシが、こうした疑問を多少「種明かし」する。
そこには「脱原発デモ」の写真が大きくあしらわれているのだが、写真の中でプラカードを掲げているのは、候補者ご本人なのだ。ちなみにこの候補者は長年、革新政党の政治活動に携わる紛れもない「プロ」。普通市民によるソーシャルな「革命」ともいわれた脱原発デモに、抜け目なく既存の政治運動家が一般市民として入り込み、さらにそのイメージを「活用」している実態が、はからずも見え隠れする。
手軽なツールになったネット。それをフルに使うことで、「政治のあり方が変わる」との期待も集まる。しかし現状では、ネットはすでに無色透明な場ではなく、様々な思惑を持つ「プロ」たちが入り込み、世間を操り踊らそうと知恵を絞っている。どうやらそうした「プロ」たちの背後には、さらにしたたかな「プロ」の政党や政治家の姿もちらつくようだ。