電子書籍はいまだに「マイナー」 アマゾンは「黒船」ではない
野村総合研究所上級コンサルタント・前原孝章氏に聞く

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   スマートフォン(スマホ)やタブレット型端末の普及が進み、最近は毎年のように「電子書籍元年」が叫ばれる。だが「掛け声」とは裏腹に、ブームにはなっていない。

   ただ、ここにきて米アマゾン・ドット・コムが日本市場に本格参入した。「黒船」と評され、既存の出版文化を変えて書籍の「価格破壊」も進むのでは、との期待が高まる。しかし野村総合研究所の上級コンサルタント、前原孝章氏は、国内では電子書籍の利用者そのものが「ごくわずか」にとどまり、今は価格の議論よりもまず利用者拡大に励む段階だとくぎを刺す。

有料の電子書籍購入者は3%程度にとどまる

電子書籍の現状を語る野村総研の前原上級コンサルタント
電子書籍の現状を語る野村総研の前原上級コンサルタント

――日本では電子書籍の利用者が、今ひとつ伸び悩んでいます。市場はどの程度成長しているでしょうか。

前原 国内の市場規模は約600億円で、実は米国に次ぐ世界2位です。ただし出版業界全体では約2兆円と言われており、出版市場に占める割合はまだ小さいと言えます。さらに有料の電子書籍購入者は3%程度にとどまっています。「コア」な利用者は何冊も電子書籍を買っている半面、9割以上の人が購入していない。そんなこともあって、「電子書籍は、はやっていない」と見られているのでしょう。
   この「3%」の購買層はスマホ登場前、つまり従来型携帯電話が全盛の頃から存在していました。これらの購買層が購入したのは、従来型携帯の小さな画面でも楽しみやすいコミックでした。そのため漫画の電子化は他の書籍と比べて進み、現状の電子書籍ストアの品ぞろえも比較的充実していると言えるでしょう。
   一方で、そもそも電子書籍ストア自体の認知度が低い。加えて、コミックファン以外にとっては、品揃えもいまひとつという現状で積極的に「電子書籍を買いたい」とはなりません。したがって、タブレットや電子書籍専用端末、スマホといった大画面の端末で電子書籍を楽しむことができるようになった今、いかにコンテンツを多様化し、利用者を増やすかということが改めて重要になっていると思います。

――ではアマゾンや、先行した楽天の参入は国内市場にどのような影響をもたらしましたか。

前原 楽天が電子書籍事業に参入し、閲覧用端末「コボタッチ」を発売したのは2012年7月ですが、それ以前は電子書籍の大々的なプロモーションがあまり行われておらず、一般に浸透していませんでした。
   アマゾンが「黒船到来」といった伝えられ方をしています。出版業界がどう変わるかという点で注目されているようですが、「電子書籍はここで買える」「こんなメリットがある」という消費者視点の話題をあまり聞きません。
   アマゾン、楽天といった大手企業の登場は、電子書籍を全く認知していなかった人たちにアピールできたのが大きいでしょう。すそ野が広がれば出版社側は書籍の電子化に積極的になり品ぞろえを拡充する、そうなれば消費者の満足度は増し、購買意欲をかきたてるという好循環が生まれる可能性があります。

「端末販売ビジネス」に走れば利害がぶつかる恐れ

――とは言え、米国で電子書籍事業を成功させているアマゾンのインパクトは大きいと思います。紙版より安価で、充実したラインアップを期待する人は多いのではないでしょうか。

前原 アマゾンの参入などにより電子書籍市場拡大の期待が高まっていることもあり、今後新たに刊行される書籍は、紙版と同時に電子版が発行されるケースが増えるでしょう。旧刊本は、米国でも事情は同じですが、出版社側でどこまでを電子化するかは議論があるところです。例えば、既に誰も使っていない十数年前のパソコンソフトのマニュアル本を電子化する意味があるでしょうか。つまり、ある程度の需要が見込めないと電子書籍にしないという判断が出てくると思います。
   価格に関して米出版社の人に話を聞きましたが、米国の出版社の間でも価格の付け方に関しては、試行錯誤が続いているようです。安くすれば売れる本もあれば、コアなファンがついているような書籍においては、電子書籍と動画を組み合わせて「付加価値」を上げ、高めの値段設定をするケースもあります。どのような値付けにすれば売れるのかということを見極めるノウハウを、これから蓄積していく必要があると考えます。
   「アマゾンが来たから値段が安くなる」というような議論には少々違和感を覚えます。アマゾンの参入以前から、売れている作品も含めて、コミックの1巻を無料にしたり、紙の本よりも安く提供したりするなど、値下げを実行しているストアはありました。
   しかし、問題はその事実が消費者に届いていない点です。認知度が低く、利用者が3%しかいない状況で値下げをしても、あまり効果はありません。大勢の顧客が日常的に電子書籍ストアに訪れる環境が整ったときに、真の値下げ効果が現れるのです。また、品ぞろえが少ない状況でやみくもに値下げを行うだけでは、関心を引かないばかりか、そのサービスがずっと続くかどうか懸念される恐れもあります。電子書籍ストアは今、「消費者が欲しい本が買える」「ずっと続くサービスである」という点を消費者に示すことが重要でしょう。

――では国内出版社にとってアマゾンは、どんな存在となるのでしょうか。

前原 「電子書籍を売る」という点では、アマゾンも出版社も方向性が共通しています。ただ、アマゾンが「キンドル」端末を一気に普及させるために電子書籍を安売りするような「端末販売ビジネス」に走れば、利害がぶつかる恐れはあります。他社がアマゾンとの対抗上、同様のことを行う懸念も、出版社側にはあるでしょう。
   しかし、長期的なビジネスの継続を考えると、アマゾンと出版社サイドの双方にメリットがないと成り立ちません。キンドル発売時には、タブレットやスマホがなく、電子書籍を読める端末が電子書籍専用端末しかなかったことも併せて考えると、このような形にはなりにくいのではないかと思います。起爆剤になるという意味ではアマゾン登場のインパクトはありますが、強引に市場を開かせるような「黒船」という存在ではないと思います。
   繰り返しになりますが、アマゾンや楽天という大手が参入したことで、出版社の期待が高まることにより、コンテンツの充実が促されることや、結果としてより多くの消費者の関心をひきつけ、配信サービスの理解が進むきっかけになることが、現時点では最も大きな効果ではないでしょうか。
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