安倍晋三・自民党総裁は3%のインフレ目標など積極的な金融緩和に言及し、株式市場は沸いている。これに対し、野田首相も、首相公邸で応じた英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで、インフレ目標の採用について「日銀の独立性はどうなるのか。主要国は中央銀行の独立性を担保してきた。それを壊す議論は国際社会で通用するのか」と批判した。
フィナンシャル・タイムズ紙の英国では、1992年からインフレ目標を導入しており、英国経済の成長に大きな貢献があったとされているからだ。かつて筆者と会食したイングランド銀行(BOE)のキング総裁は、インフレ目標の数字について政府がイングランド銀行に与えるのは当たり前だといっていた。
日経記事のFT訳の不可思議
フィナンシャル・タイムズ紙は、野田首相にインタビューをさせてもらったため、その社説で野田首相の「よいしょ記事」を掲載している。さすがに全面的に野田首相を褒めるわけにもいかず、タイトルは「東京の駆け引き」になっている。しかし、それを翻訳した日経新聞(2012年11月20日配信)では「日銀の独立性を尊重せよ」とまったく違っている。内容も、「(日銀は)過度に独立している」など日銀に都合の悪いことは和訳では省略され、ヨコをタテに直した段階で改竄がされている。
ちなみに、エール大学の浜田宏一教授は、野田首相のほうが世界の非常識であるとのファックスを安倍総裁のところに送っており、安倍総裁はそれをフェイスブックで公開している。
このほか、安倍氏の「無制限買入」に対し「ハイパーインフレになる」、「建設国債の日銀引受」に対し「財政規律を守らない、日銀引き受けは禁じ手」の反論が、白川方明・日銀総裁らからもあり、各メディアも一斉に同じ論調だ。
ハイパーインフレと日銀の国債引受「関係ない」
「無制限買入」について、安倍氏がいうのはインフレ目標を達成するまでの間、無制限買入という意味であって、インフレ目標を突破してまでも金融緩和するはずない。こうした表現は世界の標準的なものだ。なお、インフレ目標を設定している国ではハイパーインフレになっていない。
「建設国債の日銀引受」について、安倍氏自身は市中買入の意味で発言しているので、ためにする議論だ。ただ、あえていえば、仮に建設国債の日銀引受であっても、財政法の観点からいえば問題ない程度だ。今(2012)年度の国債発行は174兆円であるが、そのうち建設国債は5兆円にすぎない。
一方で、日銀引受が禁じ手であるというのは誤りで、今年度も借換債17兆円の日銀引受が行われている。借換債も建設国債を含む新発債も、条件は同じで市場では混在して取引されており、両者の区別はない。財政規律の観点から、今年度であれば日銀引受は30兆円の枠になっている。仮に建設国債5兆円を全額日銀引受としても、借換債17兆円と合わせ22兆円なので、財政規律の観点では何の問題もない。法改正なしで、若干予算修正すればできうる話だ。なお、中央銀行の国債引受について、ECB(欧州中央銀行)は禁止規定があるが、FRB(米連邦準備制度)、BOEは禁止規定がなく前例はあるが今やる必要はないというスタンスだ。中央銀行の国債引受は国際的に禁じ手という意見は危うい。
日銀引受という過剰に反応するのがマスコミだ。「戦前の日銀国債引受から戦後ハイパーインフレ」との誤った連想からだ。戦前の日銀引受は1930年代前半だ。戦後のハイパーインフレとは10年以上の間があるし、30年代後半のインフレ率は高くない。戦争で生産設備が壊滅的な打撃を受け、モノ不足でハイパーインフレになった。ハイパーインフレと日銀の国債引受は関係ない。歴史は年代を入れて正しく理解すべきだ。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。