秋田公立美術大(秋田市)、札幌保健医療大(札幌市)、岡崎女子大(愛知県岡崎市)の関係者は、この1週間、生きた心地がしなかっただろう。とんだ災難に巻き込まれたものだ。
事の発端は11月2日(2012年)。文科相の諮問機関「大学設置・学校法人審議会」は1日、上記3大学の開設を認める答申を出した。
「不認可処分するとは伝えていない」
ところが、田中真紀子文科相は2日に「今の設置認可の仕組みの下では認可できない」と発表した。副大臣ら政務三役らは事前に知らされておらず寝耳に水だった。3大学は当然のことながら猛反発した。
野党などからも、手続き無視の田中文科相の手法に批判が出た。そこで、田中文科相は6日、新しい基準で3大学を再審査すると、方向転換した。これは、文科省官僚の入れ知恵だろう。というのは、同時に、文科省官僚から、「不認可の処分はしていない」という説明が流れてきた。田中文科相は「認可できない」といったが、「不認可処分をするとは伝えていない」という官僚が得意な詭弁で、役所が行政訴訟を起こされた場合によく使われる手法だ。官僚が田中文科相を支えたわけで、官僚の美談になるかもしれない。
とうとう、7日の衆院文部科学委員会で、田中文科相は「大学の設置認可のあり方について今後、抜本的な見直しを行う。3大学の新設については現行の制度にのっとり適切に対応する」と述べた。そして、国会終了後、記者団に「3校を認可する」と表明した。1週間でようやく元にもどった。
今回の騒動で3大学は元の鞘に収まったが、新しい設置基準が本格的に議論されることとなった。2003年に小泉内閣の遠山敦子文科相が現在の設置基準を定めた。それまでは文科相の裁量権で大学数が多い都市部で大学の新設を抑制していた。田中文科相は、その基準を直したかったのだろう。実際、6日に「大学の乱立に歯止めをかけて、教育の質を向上させたいというのが私の真意です」と述べている。
参入抑制より適格認定制度の方を
文科省官僚も、内心では今の審査基準では裁量が少ないので、裁量のある以前の基準に戻したいのだろう。そこで、田中文科相を今回支えたのは、文科省官僚にとっても千載一遇のチャンスだったからと考えられなくもない。官僚はただでは転ばないのだ。
問題は、新規参入の抑制で大学の質を高められるかだ。大学の品質保持は重要な視点だが、そのために新規参入を抑制するのではなく、参入・退出を緩やかにしても大学の適格認定する制度の方が、大学の品質保持の観点から望ましい。そのため2003年から「認可」はするが大学設立の参入規制をなくしたわけだ。
海外においても、大学の設置については認可と同様な仕組みがとられているが、それは品質保持のためであり、新規参入を抑えるという話はきかない。今回の騒動は目くらましで、以前の文科省官僚の裁量での新規参入抑制に逆戻りだと事態は最悪なことになる。
また、もし設置基準を議論するなら、認可権限を地方分権することも考えたらいい。英、仏ではほとんどの大学が国立であるので、国が認可するのは自然だ。一方、日本は国立大のほか私学や地方大学が多く、米、独、豪など国立大がほぼなく私学や地方大学が多い国と似ているが、日本では国の認可、それらの国では州政府の認可となっている。「地方」が認可すれば、実情に即した合理的な解決が可能だ。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。