2030年代に原発稼働ゼロを目指すとした国の新たなエネルギー政策の矛盾がさらに広がっている。政府が難航の末にまとめた「革新的エネルギー・環境戦略(エネ環戦略)」の閣議決定が見送られ、「努力目標」に格下げになっただけではない。
現在計画中で未着工の原発9基について、電力事業者側から着工申請があった場合、政府としては安全審査以外の基準で歯止めを掛ける法律的な根拠がないことがはっきりしたためだ。
着工ストップが解除されるか
枝野幸男経済産業相は2012年10月9日、中国電力上関原発1・2号基(山口県上関町)など計画中の原発9基への対応を記者会見で問われ、「原子力規制委員会から意見を求められた場合は、新戦略に基づいて新設すべきではないという意見を出す」と反対する考えを示した。
現在計画中ながら着工手続きがストップしているのは、▽日本原電敦賀3・4号基(福井県敦賀市)▽東北電力浪江・小高(福島県浪江町、南相馬市)原発▽同東通2号基(青森県東通村)▽東京電力東通2号基(同)▽中部電力浜岡6号基(静岡県御前崎市)▽中国電力上関1・2号基(山口県上関町)▽九州電力川内3号(鹿児島県薩摩川内市)――の9基。
いずれも昨年の東京電力福島第1原発事故で着工に向けた手続きを停止したものの、地元には国や電力会社から多額の交付金が投じられており、政府の「原発ゼロ」方針とどう整合性をとるかが注目されていた。
枝野発言はそれを完全に封印するかに見えた発言。しかし、翌日の新聞各紙の扱いは枝野発言を淡々と報じただけで、大きく報じた新聞は計画中の原発がある地元も含めてなかった。
大臣発言は「ひとつの参考意見」にすぎない
なぜここまで注目されないのか。経済産業省幹部の「原子力規制委員会ができてからは、経産相の意見はあくまでひとつの参考意見に過ぎない」という言葉がすべてを語る。
原発の新設や運転開始の許認可権限は、9月に新設された政府の原子力規制委員会に移った。同委員会は環境省の外局との位置づけだが、国家行政組織法3条2項に基づいて設置されたいわゆる「三条委員会」で、内閣からの独立性が高い。
関係者によると、民主党政権は当初、規制委員会を設置する法案について、原発の設置許可には経産相の同意を必要とする条文を盛り込んだ。原発設置の判断は、安全面の基準を満たすだけではなく、「国全体のエネルギーの需給動向や、安全保障上の配慮が求められる」(経産省幹部)ためだ。
しかし、規制委の権限強化を求める自民、公明両党の要求で法案は修正され、経産相はあくまで規制委の審査の過程で「聴取を受ける」立場にとどまり、権限は大幅に縮減された。
このため、経産相の意向で原発の設置を止めたり、逆に設置を求める法的な権限はなくなったというわけだ。
原子力規制委員会の機能について、当の田中俊一委員長は安全審査に限定されるとの考えを繰り返したが、10月9日の枝野発言の翌日には「安全審査は経産大臣が何を言ってもまったく影響を受けない」と、原発新設の認可権限は規制委にあるとクギを刺した。
これに対し、枝野経産相は12日の閣議後の会見で、電力会社から原発新設の申請があった場合に経産相がこれを却下する権限が「ある」と明言した。
半面、「政省令の変更が必要になると思う」とも指摘。今後検討するというが、最終判断を経産相が行うことは譲らない構えだ。原発決定の「メカニズム」は不透明さを増している。
一方、火力発電向けの燃料費で経営を圧迫される電力各社は、停止中の原発再稼働や新規増設に早期にめどをつけたいのが本音。すでに設置許可済みの原発では、10月1日に電源開発(Jパワー)が福島事故で工事を停止していた大間原発(青森県大間町)の建設工事を年内に再開する意向を地元に伝えた。