世界で話題になっているのが米国の「財政の壁」だ。2012年末以降に減税の失効や自動的な歳出カットが集中し、崖から落下するような急激な緊縮財政が起こるおそれがあるのだ。
具体的には、ブッシュ減税の失効2210億ドル、景気対策の失効1210億ドル、歳出一律削減650億ドル、その他2000億ドルの合計6070億ドルとかいわれている。これは米国の名目GDP15兆ドルの4%に相当するが、戦後でこれほどまでの財政緊縮は経験したことがなく、もし本当に緊縮財政になったら米国経済は大混乱になる。
「財政の壁」でリーマンショック以上の不況に?
ところが、日本にも「財政の壁」がある。特例公債法だ。これが2013年3月までに成立しないと、今12年度予算では歳入38兆円が不足する。これは日本の名目GDP470兆円の8%に相当する。筆者のところにも、マスコミから日本版「財政の壁」で「我々の生活はどうなるのですか。ゴミの収集に来なくなる、役所の窓口が閉鎖される、とかで不便になるのでしょうか」という問い合わせがくる。
たしかに、はじめはちょっと不便になる程度だが、そのうち年金の支払が遅延したりする。最後には経済全体がおかしくなって、リーマンショック以上の不況になって、みんなの給料が減り、失業者も増えるだろう。
本当に「財政の壁」になると大変なのだが、日本の場合、いつから「壁から落ちるのか」がはっきりしない。財務省は11月から落ち始めるといっている。
しかし、その主張は奇妙だ。たしかに特例公債法が成立しないと、38兆円の資金手当がなくなるが、13年3月末までの年度内であれば、一時的な資金繰りは20兆円まで可能と12年度予算には書かれている(予算総則第8条)。財務省はその規定は使えないという解釈をしている(9月11日閣議決定)。ただ、行政府がそんな解釈をしていいはずがない。三権分立なら解釈をするのは司法の仕事のはずだ。まして国権の最高機関である国会が決めた今12年度予算を行政府が否定するのはおかしい。
民主と自民のチキンレース
また、政府には政府預金その他の資金手当をしようと思えばできるものもある。特例公債法が成立しないなら、国民生活にできるだけ影響のないように、あらゆる手を講じるのが政府の役目だろう。そうした努力もせずに、国民を恫喝するかのように、早めのデッドライン(11月)を財務省が設定するのはおかしいだろう。
政治家も財務省の決めたデッドラインで議論しているのは情けない。民主党は、11月が迫っているから、10月29日に臨時国会を招集するので早く特例公債法を成立させてくれと一点張りだ。自民・公明党は、野田総理は谷垣総理に「近いうち解散」を約束したのだから、11月が特例公債法のデッドラインなら、早く解散を約束せよという。
民主党と自民・公明党は、財務省の敷いたレールの上でチキンレースをしている。ここは、政治家が冷静にならないと。日本は本当に財政の壁で落ちてしまう。
民主党のほうから簡単にいえることは、財務省の独尊的な解釈を政府として改め、資金繰り債20兆円を発行して当面凌ぐことだ。
自民・公明党のほうからいえることは、今の特例公債法を二分割して、38兆円の調達を20兆円と18兆円に分け、とりあえず20兆円分の特例公債を発行できるように特例公債法の議員修正・立法をすることだ。残りの18兆円は後で考えるのだが、それまでに解散して政権党は残りの特例公債法案を必ず成立させるとすれば、解散の予告になって自民・公明党としても満足だろう。
いずれにしても、財務省のレールではすぐ先に財政の壁で、経済は底に落ちてしまう。政治主導すべきは今であり、民主と自民・公明のどちらが財務省の手の上から脱することができるかどうか、政治力の試金石だ。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2005年から総務大臣補佐官、06年からは内閣参事官(総理補佐官補)も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「財投改革の経済学」(東洋経済新報社)、「さらば財務省!」(講談社)など。