人工多能性細胞(iPS細胞)を使って6人の患者に臨床応用を実施したと発表した森口尚史氏が、人数や時期に虚偽があったと認めた。
一方で、これまで名乗り続けてきた米ハーバード大学客員講師という肩書きは、「うそではない」と主張を曲げていない。この「客員」という身分は、米国の大学では比較的簡単に得られるようだ。
責任者が承諾すれば「客員研究員」となれる
森口氏は米国時間2012年10月13日に会見を開き、iPS細胞から心筋細胞をつくりだして心不全患者6人の治療に使ったというこれまでの説明を撤回した。臨床応用は「1件だけだった」と言い、他の5例は虚偽だったと認めた。実施時期は当初の2012年2月から2011年6月に、場所もハーバード大の関連施設であるマサチューセッツ総合病院ではなく「ボストン市内の病院」と変えた。
一方で、訂正しなかった点もある。ひとつは「1例だけは実際に治療した」との主張、もうひとつは「ハーバード大客員講師」の肩書きだ。同大は、森口氏が「客員研究員」として所属していたのは1999年に1か月間で、現在は無関係だと説明している。それでも森口氏は、報道陣の追及に対して「私は今もハーバード大の客員講師。自宅に戻れば証拠がある」と語気を強めた。
そもそも「客員」とは、どういう立場なのか。10月15日放送の「やじうまテレビ!」(テレビ朝日系)では、文字通り「お客さん」として大学に招かれる人を指し、非常勤で年1回の来校でも許されると解説。ガッツ石松さんや桃井かおりさんのような芸能人が「客員教授」を務めた事例を紹介した。
元ハーバード大医学部専任講師で医学博士の森田豊氏は、情報番組「モーニングバード!」の中で、米国の「客員」の位置付けを詳しく説明した。研究者が「自分も研究したい」と申し出て、責任者が承諾すれば「客員研究員」として加われる場合が多いという。資質を見極めるための面接は行われるが、難しい手続きはないそうだ。ただし報酬が支払われるとは限らない。「無給でも構わない」という人にとっては、入手しやすい肩書きではある。
森口氏はこれまで「客員講師」と自称している。森田氏は別の番組で、「なかには勝手に解釈して(研究員を別の肩書きに)訳す人もいる」と指摘した。森口氏が本来与えられた「研究員」の身分を「講師」と和訳し、名乗った可能性も否定できない。
東大の「特任」は把握できないほど多い
森口氏は千葉県市川市のアパートに住む。ハーバード大の肩書きを持つと言うが、研究の拠点は米国でなく日本だ。会見で主張したiPS細胞による治療の際、渡米時は観光ビザで入国したと話した。ハーバード大に腰を落ち着けて研究に取り組んでいるわけではないだろう。
一方で森口氏は現在、東京大学医学部付属病院(東大病院)の形成外科・美容外科で特任研究員を務めている。前出の「やじうまテレビ!」では「特任」について、「特定のプロジェクトで、任期を決めて臨時でかかわるフルタイムの研究員」と説明した。東大病院の就業規定を見ると、特任研究員の契約期間は原則1年、最大で5年とされている。給与も支払われる。
10月15日放送のフジテレビの「とくダネ!」に出演した医療ジャーナリスト、伊藤隼也氏は、「知人の東大医学部の教授に聞くと、『特任』と付く人は多すぎて把握しようがないと答えた」とのエピソードを披露した。「特任」も「客員」に似て、「特別に高い地位」というわけではなさそうだ。
渦中の森口氏は10月15日午後に帰国した。複数の報道によると成田空港で「東大に辞意を伝えた」と話したという。米国での会見時には「研究者をやめる」とも漏らしていた。