今年のスポーツ界で最も「想定外」だった出来事は、プロ野球パ・リーグで日本ハムを優勝(2012年10月2日)に導いた栗山英樹新監督(51歳)の指揮といっていい。大エースのダルビッシュ有が抜けての快挙。ソフトなイメージもあって「上司にしたい人」のナンバーワンに躍り出ることだろう。
栗山新監督の優勝を予想した専門家はいなかった
開幕前、日本ハムを優勝候補に挙げた専門家はほとんどいなかった。たぶん、だれもいなかっただろう。その理由は監督が栗山だったから。評論家の先生方は「シロウトの栗山ごときに何ができる」というものだった。
プロ野球は実績の世界。そういう見方は当たり前なのである。なにしろ栗山は、選手時代はほとんど控えだったし、29歳で現役を退いた後、コーチの経験なし。テレビでスポーツのレポーターをしており、監督就任はサプライズだった。
「クリヤマ、フー?」という雰囲気の中で監督になった。昨日までマイクを持ってインタビューをしていたレポーターが一晩寝て起きたら上司になっていた、という感じなのだから日本ハムの選手はびっくりしただろう。
栗山は東京学芸大を出た、野球界ではいわば「変わり種」。テスト生でヤクルトに入団したことを考えると、ソフトな外見に似合わず男っぽいのだろう。実績のないことを逆手にとって大胆なチーム作りができたといえるかもしれない。
たとえば斎藤佑樹の開幕投手。関係者は「えーっ?」と声を上げたものである。それと中田翔の4番起用。打率2割そこそこが続いたのに外さなかった。その男が終盤に活躍した。もう一人は吉川光夫。3年間勝ち星の無かった左腕をリーグ有数の投手に仕立て上げ、MVP候補になった。
その一方で気遣いは相当なものだった。開幕投手の最有力だったエースの武田勝に頭を下げたのはその代表的な例である。このような言動は、いまの選手の感性に合っていたのだろう。
開幕投手・斎藤佑樹を二軍に落としたのがターニングポイント
しかし、一つ歯車が狂ったらめちゃくちゃになる危険性をはらんでいた。うまく打つ手が当たったのは幸運もあったというべきだろう。終盤の強さはチームのまとまりがあったからだが、それを生んだのは斎藤を途中で厳しく評価し、二軍に落とした判断にあったと思う。選手たちは「信頼できる監督」と栗山を全面的に受け入れたターニングポイントだったのではないか。
現役時代に実績のない監督として知られるのは阪急で黄金時代を築いた上田利治。ただし彼の場合はコーチとして認められた。その点を考えると、栗山の場合は「奇跡の優勝」といえるかもしれない。
もちろん栗山は殊勲甲だが、高く評価したいのは栗山を監督に迎えたフロントである。「素晴らしき眼力」というべきだろう。このチームには、フランチャイズを大都会(東京)から地方(北海道)に移すという独特の「逆志向」経営感覚がある。そのDNAが栗山という「シロウト監督」を実現したのだろう。巨人では絶対に出来ない芸当だ。
聞くところによると、日本ハムは栗山の情熱と勉強家であることを買ったという。今後、現役時代の実績だけでふんぞり返っている解説者や評論家ではなく、地道に知識を蓄積しているOBに白羽の矢が立つケースが増えるだろう。栗山は「新しい監督像」といえる。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)