尖閣諸島を国有化するため、政府は島を20億5000万円で購入すると閣議決定した。中国政府はすぐさま反発し、尖閣周辺に海洋監視船を派遣。民間レベルでの日中間の交流行事も中止が相次いでいる。
今回異例なのが、中国軍が声明を発表した点だ。軍の関与が、日本に対する対抗措置に影響を与える可能性を無視できない。
「東レ杯上海国際マラソン」の記者会見突然打ち切り
「尖閣購入」が閣議決定された2012年9月11日、中国中央テレビのニュース番組では、冒頭5分間を割いて中国外務省の声明を流した。尖閣国有化は「中国の領土主権を侵し、13億人の中国人民の感情を傷つけた」と日本政府を非難し、強く抗議するとした。続けて、日本が勝手な行動をとり続けた場合、その「報い」は日本が受けるしかないとの趣旨で警告した。同局ではさらに、天気予報番組で尖閣の気温や天候を伝え始めたという。
対日措置は、既に次々と打ち出されている。中国を訪問している福島県の佐藤雄平知事は9月11日、予定していた中国航空当局の局長との面会を直前でキャンセルされた。運航休止中の福島と上海を結ぶ定期便の再開と、福島県への渡航自粛解除を求めて訪中したが、尖閣問題のこじれが直接影響した格好となり、佐藤知事は「極めて残念」と落胆の表情を浮かべた。
上海では、「東レ杯上海国際マラソン」の記者会見が、開始後4分で突然打ち切られる事態となった。日本企業が協賛の大会に、上海当局が「昨今の尖閣をめぐる政治状況を考慮して」待ったをかけた。同じく上海で9月15日に開催される観光祭りでは、大阪市の参加が拒否された。中国各地では反日デモが再燃し、北京の日本大使館前にも尖閣国有化に抗議する中国人が集まったという。
同様のケースで交流のイベントが中止になった例は、過去にもある。2010年に行われた上海万博で予定されていた人気グループ、SMAPの公演がキャンセルとなった。日中関係が今後ますます冷え込めば、民間レベルでの交流のパイプがさらに細る恐れがある。
今回は中国外務省だけでなく、軍当局もコメントを発表した。9月11日に中国国防省の耿雁生報道官は、尖閣国有化に「断固反対と強い抗議」の意を表した。そのうえで「事態を注視して相応の対策を講じる権利を留保する」と述べた。J-CASTニュースが中国事情に詳しいノンフィクション作家の安田峰俊氏に聞くと、「今回の声明は、実質的に軍の動員能力を持つ共産党中央軍事委員会からではなく、国防省からのもの。『即時開戦』というメッセージではないので、まだ安心していいでしょう。ただし、尖閣問題について軍の意志表明がなされること自体が異例で、情勢は緊迫しつつあるとみていい」と言う。
かつては「けんかのやり方」を心得ていた
中国中央テレビが、トップニュースで外務省の声明を5分間にわたって放送したことについて安田氏は、「共産党当局が国民に向けて『尖閣について今後は強硬姿勢に出る』という明確な意思を示したもの」と説明する。中国当局が今回見せた異例の強硬姿勢の背景には、日本側と中国側それぞれの国内要因が存在すると語る。
日本側の要因として安田氏が挙げたのが、「自民党政権時代は、日中関係がギクシャクしても双方が『けんかのやり方』を心得ていた」点だ。両国が「落とし所」を見つけると、一定期間を過ぎた後に中国側の反日運動や強硬姿勢が収まっていく、一種のパターン化した流れがあったというのだ。ところが民主党政権に変わってからは、「『友愛』を唱えて平和志向でいたかと思えば、やたらと中国に対して強硬に出てきたりと、中国側が日本の出方を読みづらくなっている」というわけだ。尖閣国有化の動きも、従来は見られなかった。そこで中国側は「『本気度』の高さを示して、日本側の反応を見てみよう」と、軍の声明という「けん制球」を投げ込んできたのかもしれない。
対日強硬派が影響力の拡大に焦っている?
もっとも、これよりも重要なのが中国側の要因だ。安田氏は、2012年10月に指導者交代を控えた共産党内部での権力闘争の可能性を指摘する。例えば9月1日以来、軍との関係が強いとされる次期指導者候補・習近平氏が、表舞台に全く出てこないという異常事態が起きており、重病説や暗殺未遂説すらも飛び交っている。「確かなことは言えませんが、党内や軍内の対日強硬派が、かなり焦って影響力の拡大を図っているのかもしれません。昨今の尖閣問題をめぐる、中国のややヒステリックな反応は、対日強硬派が『親玉』に掲げる習氏がなんらかのピンチに陥っていることの裏返しではないか、といった大胆な推理すらも可能です」(安田氏)。
尖閣問題は、もともと中国としては日本の動向にかかわらず絶対に譲れない「絶対的正義」。党内や民衆の支持を繋ぎとめるために、中国のタカ派の指導者が「錦の御旗」として掲げがちな話題でもある。今秋、習氏が新政権の誕生にこぎつけたとしても、これまでの対日方針を踏襲するとは限らず、最悪の場合「落とし所」を探らずに対抗措置をエスカレートさせる可能性も否定できない。
「実のところ、中国が『反日』的な政治方針を取る際に、日本側の動向が原因になるとは限りません。むしろ、彼らの政権内部の不安定さを反映している場合が少なくないのです」と安田氏は指摘する。相次ぐ反日デモの影で、共産党上層部の熾烈な権力闘争が進行しているのかもしれない。