スピーディーな解決は「政府の威信のため」
中国の実社会においては、そもそも「反日・親日」という概念を持つ人よりも、日本に対して無関心な人の方が総体的に見ればずっと多いと安田氏は指摘する。「大事なのは日々の生活であって、日本の大使の車が襲撃されたニュースなどは正直、どうでもいいと考えている中国人の方がずっと多いでしょう」。ネットユーザーの一部が尖閣問題や今回の襲撃に関心を寄せ、ネット上で騒いでいるものの当局の方針が定まっていないので意見もさまざま出ている、というのが実情だと考える。
大使の車が襲撃された8月27日以降、日本政府は外交ルートを通じて中国側に刑事捜査と再発防止を求めてきた。中国当局の対応も早く、30日夜になって容疑者とみられる中国人の男女を割り出したと日本側に伝えたという。事件発覚後すぐに「襲撃犯」の顔写真や車のナンバーを撮影した写真が中国公安当局に提出されたこともあり、犯人グループの特定が比較的スムーズに進んだのかもしれない。
スピーディーな解決の裏に何かあるのでは、と疑問もわくが安田氏は「政治的に敏感な問題は常に幕引きが早いのが中国。今回がことさら特異なケースだとは言えないでしょう」と話す。もっともその理由は日本側への配慮でも、国内世論の反発を抑えるためでもなく、「ある程度の証拠が既に公開されてしまった以上、グズグズすれば共産党政府の威信にかかわるから」という見立てだ。襲撃犯を「英雄視」する意見がネット上で多数派だからといって、たとえ犯人に処分が下されても「政府は愛国的な行為を罰するのか」と中国の世論が怒りで沸騰する可能性は低いのではないかという。「日本人の私たちが想定しているよりも、中国において世論が政治を動かす力ははるかに弱い。いったん『お上』の決定が出れば、その瞬間から文句を言う人はいなくなるでしょう。日本という民主主義国の常識をもとに、中国の社会を理解しようとしてはいけません」(安田氏)。