政府は2012年7月11日、「日本再生戦略」の原案を公表した。2020年までに環境や医療、観光など11の戦略分野で38の重点施策を掲げ、630万人の雇用を創るという政府の目玉の成長戦略だ。また、これは民主党政権になってから成長戦略がないという野党の批判を受け、10年6月に作った「新成長戦略」が土台になっている。
その中身をみると、従来型の補助金、租税特別措置、政府系金融機関という政府の支援策だ。いわゆる「産業政策」なのである。産業政策というと立派な経済政策のように聞こえるが、それにぴったり対応する英訳はない。つまり、世界標準の政策とはいえず、基本的には日本独特のものだ。
郵政再国有化と表裏一体
産業政策好きな日本の学者は、「一国の産業間の資源配分、または特定産業内の産業組織に介入することにより、その国の経済厚生に影響を与えようとする政策」と定義している。いってみれば、太陽電池とか介護とかの特定産業に政府が、補助金、税制恩典、政府系金融機関による低利融資を施そうというわけだ。
民主党になって自民党と違っているのは、政府系金融機関による低利融資という手段が増えたのだ。これは、郵政民営化を民主党政権になってひっくり返して、事実上の再国有化をしたことと関係している。
郵政というのは、公的金融システムという枠で考えると、郵貯と簡保が資金調達サイドになる。資金運用サイドは政府系金融機関であるので、郵政再国有化と政府系金融機関の復活は表裏一体のものだ。
この公的金融システムは、「財投」(財政投融資)ともいわれ、税金の無駄使い、天下りの巣窟だったので、1990年代終わりから、2000年代の半ばまでで、郵政民営化、財投改革でかなり解体されてきた。これは天下り規制とともに行われた。
「無駄使い予算のオンパレードになる」
ところが、脱官僚を掲げた民主党政権が発足すると、脱官僚をあっさり引っ込め、郵政再国有化、政府系金融機関の復権、天下り実質容認という具合に、大きく方向転換した。その延長線上で、今回の日本再生戦略を考える必要がある。
もともと産業政策は究極の「えり好み」である。役所が恩典を与える産業が特定化される。そもそも役人が支援すべき成長産業を選別するというところに原理的な矛盾がある。ビジネスに疎い役人が成長産業を選べるはずがないからだ。
今回のように戦略分野が11にもなると、結局各省が戦略分野を持って、無駄使い予算のオンパレードになる。「日本再生戦略」というが、各省の予算獲得のためにツールにすぎない。これは恩恵をうける産業から支援される政治家、いわゆる「族議員」に対するうま味にもなる。要するに、それによって、特定産業、役人、族議員が既得権化するわけだ。
「成長産業」、国民に選んでもらう逆転の発想を
そういう仕組みが、徐々に壊され、小泉政権でほぼ解体したはずが、民主党政権になって復活している。今の自民党も、古い自民党になっており、郵政再国有化に反対する議員はごくわずかを除きおらず、この意味でも、民主と自民は古い既得権維持の共同体になっている。
こうした産業政策手法の根本的な欠陥は、需要サイドではなく供給サイドに政府支援を行うことだ。この点、橋本徹大阪市長は、文楽への財政支援について面白いことを言っている。需要者(観客)でなく供給者(技芸員、協会)に支援するので既得権化し、本当の意味で芸能振興になっていないというのだ。そのとおりだ。
政府の成長戦略も、えり好みの特定産業ではなく国民にカネを渡して、それで「成長産業」を国民に選んでもらいという、逆転の発想が必要だろう。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2005年から総務大臣補佐官、06年からは内閣参事官(総理補佐官補)も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「財投改革の経済学」(東洋経済新報社)、「さらば財務省!」(講談社)など。