地方に工場進出した企業が、地元自治体からもらった「誘致補助金」の返還を求められるケースが続出している。大赤字の電機メーカーを中心に、立地から何年もたたないうちに工場を縮小したり、撤退する例が相次いでいるためだ。根底には中国や新興国の台頭に伴う日本の製造業の空洞化と地域経済の疲弊があり、出ていく側(企業)も、出て行かれる側(自治体)も、頭を痛めている。
パナソニックは12億円返還
パナソニックは兵庫県尼崎市にあるプラズマパネル3工場のうち2工場の生産を停止。2012年2月、兵庫県から誘致補助金12億6000万円の返還を請求され、4月に全額返納した。パナソニックへの補助金は、「設備投資の3%で上限なし」(県産業集積条例)が適用され、3工場で計145億円の補助が予定され、これまでに約80億円が交付されていた。しかし、テレビ事業の採算悪化で昨年秋に2工場の生産停止を決定。稼働から約2~6年と短く、県は「当初想定した経済効果に見合わない」と、一部返還を求めていた。
実は、県条例には操業義務付け期間の明文規定がなく、今回、最低10年以上とする規定を設けた。パナソニックの撤退での返還請求は「後出しジャンケン」といえる苦しいものだったが、パナソニックが短期間での撤退の"負い目"から請求に応じ、県関係者は胸をなでおろしたという。
パナソニックでは、子会社のパナソニック液晶ディスプレイ(元々は日立ディスプレイズとして立地=千葉県茂原市)も今年3月閉鎖、別会社に譲渡となった。06年の操業開始以降の県補助金20億円余りのうち3.4億円を返還した。
シャープ亀山工場(三重県亀山市)も返還を求められた。04年に液晶パネル工場が完成、2年 後に第2工場も稼働し、ここで作られる液晶パネルは「世界の亀山ブランド」として一世を風靡した。だが、09年に工場の一部ラインが中国企業に売却されるなど生産は縮小。一時は国から地方交付税を受けない「不交付団体」に昇格した亀山市だったが、今は「交付団体」に逆戻り。この間、県と市から計135億円の交付を受けたが、県の請求に従って約6.4億円を返還した。
訴訟で取り返すケースも
訴訟に発展したケースもある。液晶テレビ用の蛍光ランプを製造するNEC100%子会社、NECライティング(長野県伊那市)は、05年6月に操業を開始したが、10年11月閉鎖になった。これまでに県が3億円、伊那市も約1.6億円を補助しており、返還規定を盛り込んだ規則がある県には3918万円が返還された。市条例には最低限の操業期間を義務付ける具体的規定がなかったことから、民事調停に持ち込まれ、NECが市に1000万円を支払う地裁の調停が成立した。しかし、「低額調停」を不満とする住民157人が、市長らを相手取り、補助金全額返還と損害賠償をNEC側に請求するよう求める訴訟を起こしている。
自治体が企業誘致に奔走したのは2000年ごろから。三重県の北川正恭知事(当時)がシャープ誘致に大盤振る舞いして先鞭をつけたとされ、地方自治の先進例ともてはやす向きもあったが、リーマン・ショック以降、企業の生産縮小や撤退表明が加速し、目論見が崩れた。
条件が厳しいと企業が来ない
とりわけ、兵庫県や伊那市が、撤退による返還を想定した規定を設けていなかったように、「企業性善説」ともいえるような自治体の甘さも目立つ。
内閣府のまとめでは、2005年時点で補助制度を持つ43道府県のうち、撤退時の返還制度を設けていたのは25道府県だけ。最近はそうした制度は整備されつつあるが、「条件を厳しくしすぎると進出してくれない心配がある」と及び腰の自治体も少なくない。大阪府のように、要件を満たせば原則として補助金を交付してきたのを、「審査制」として、経済効果などを見極めて判断する方向に動く例もあるが、「立地条件がいい大都市、大工業地帯だからできる」(地方の自治体関係者)との声も聞こえる。
「自治体は優秀な人材育成など補助金以外に魅力を高める努力こそ必要」(コンサルタント)というのは正論とはいえ、即効性を考えると補助金頼みを抜け出すのは容易ではなく、自治体の苦悩は続きそうだ。