欧州の経済不安が続く中で今注目されているのが、ギリシャの再選挙だ。欧州連合(EU)などから金融支援を得る条件として厳しい緊縮財政の実施を約束したギリシャだが、選挙の結果によっては「緊縮合意の撤回」「EU脱退、ユーロ離脱」もありうる。
ギリシャの人々は自国の行く末をどう見ているのか、その声を拾った。
一度失業すると再就職はきわめて困難
「経済危機の影響で、年収減は2割を超えました」
アテネ在住のガブリール・ザンソピュロス氏はJ-CASTニュースの取材にこうこたえた。米国で森林学の博士号を取得し、森林火災の専門家として国の研究機関に勤務する。比較的恵まれた額の給与が支給され、所有するアパートの家賃収入もあって暮らし向きは安定していた。
だが2009年、ギリシャに国内総生産(GDP)比で130%に上る巨額の債務の存在が明るみに出た。金融危機が深刻化した結果、ザンソピュロス氏の給与はまず7%減となり、さらには2度のボーナスも全額カットされたという。賃貸物件の収入は減少し、個人資産への課税も増えた。
一方で食品や交通機関の運賃は値上げが続いており、日常生活での打撃も増している。2011年の税制改正では、減免措置の多くが廃止。「自宅や自家用車は、たとえ何年も前に手に入れた場合でも『収入』とみなされて課税対象となりました」と嘆く。
それでも氏の場合は高い専門性をもつため、不況のどん底でも解雇されることはない。しかし周囲には仕事を失った人がいる。「最悪なのは、一度失業すると再就職先を見つけるのがきわめて困難な点です」。今日ギリシャでは失業率が20%超、若者にいたっては2人に1人が仕事にあぶれている。
賃金カット、物価高騰、失業、重税と次々にのしかかる苦難――。いつ終わるとも分からない生活の「窮乏」に、市民には疲労感が広がってきた。2010年5月にはEUや国際通貨基金(IMF)が1100億ユーロ(約11兆円)の緊急支援を決定したが、事態は好転しないまま2012年2月、第2次支援となる1300億ユーロ(約13兆円)の融資がギリシャ政府に提案された。しかしこの条件として、ギリシャは厳しい緊縮策を受け入れねばならなくなった。
失政のツケを払わされた形の国民は、さらなる重荷を背負わされることになる。緊縮策の中には、公務員15万人の削減も含まれているという。ザンソピュロス氏によるとEUやIMFは、あらゆる策が講じられた場合にギリシャの債務は2020年までにGDPの130%になるというが、これは経済危機の発端となった2009年のレベルと同じに過ぎない。10年間耐え続けたとしても状況はむしろ悪化するのではないかと推測、将来に希望を持てない市民は多い。
国民を裏切った与党よりも期待が持てる
2012年6月17日に行われる再選挙に向けて、緊縮財政の維持を訴える新民主主義党(ND)と、脱却を掲げる急進左派連合(SYRIZA)の支持率が直前まで拮抗している。SYRIZAが与党となった場合は「緊縮策を破棄してユーロ圏から脱退するのではないか」とささやかれている。
投票日間近となった今も、「どの党が勝つのか予想が難しい」とザンソピュロス氏。数年来の経済の低迷で、政権の中枢を担っていたNDや全ギリシャ社会主義運動(PASOK)のていたらくぶりに国民が失望したことが、政治混乱の原因だと言う。NDは「経済成長」のためとばかりに公共投資を頻発して巨額の財政赤字をつくったうえ、隠ぺいした「戦犯」で、政権を引き継いだPASOKは、経済立て直しに無策のままEUやIMFの過酷な緊縮財政を「丸のみ」したとみられているようだ。5月の選挙におけるSYRIZAの躍進は、この2政党に強烈な「ノー」を突きつける意味合いが込められていたという。
今回の選挙戦でも、NDとPASOKは有権者を納得させる国の将来像を提示できていないと指摘する。今ごろになって、2月にEUやIMFと結んだ金融支援策の見直しを口にし始めた、とあきれ気味だ。緊縮策の続行を訴えてきたはずが、公約を捨てようという動きなのだろうか。
一方SYRIZAは、未熟さは否めないが、ここにきてツィプラス党首の演説内容を聞くと「以前よりもバランスの取れた、現実路線を進んでいる印象を受けた」と評価。緊縮策撤廃を掲げる一方で、EUやIMFとの「条件緩和交渉」をちらつかせ、「ユーロ圏残留」を視野に入れる。国民が「裏切られた」と感じているNDやPASOKよりも期待が持てるというわけだ。しかしギリシャの政界には、極右を含め複数の少数政党が存在しており、単独与党になれない以上はどこかと連立を組むしかない。SYRIZAは挙国一致内閣の提案を退けているため、別の政党と連立すれば政権公約に多少の変更が出る可能性もある。何よりも、政権運営能力は未知数なうえ、課題は山積している。
ザンソピュロス氏の話には、平穏な生活が崩されて出口の見えない耐乏生活を強いられるようになった多くのギリシャ人が抱える怒りが代弁されているようだった。
「自分たちは正直に、必死に生活を営んできた。それでも誤ったギリシャ人像が世界中で語られている」