東京電力が、2年間中断している新卒者の採用を2014年春から再開するという。現在大学3年生で、これから就職活動の準備に入る学生が対象となる。
かつては、エネルギー業界大手の「安定度」から就活生にとって人気企業だった東電だが、今は世間から「会社のあり方」を厳しく問われている。あえて逆風下の企業に入りたいと考える学生は、どれほど存在するだろうか。
「一定数の希望者は出る」と考えられるが……
東電は福島第一原発の事故後、2012、13年と新卒採用を見送っている。「将来にわたる電力の安定供給確保や、緊急特別事業計画に基づく経営の効率化・合理化推進の観点から慎重に検討してまいりました結果」の措置だ。しかし2014年春からは、500人規模での採用に踏み切る見込みだ。
採用計画は、2012年5月29日に開かれた経済産業省の専門委員会で明らかにされた。しかし東電は、政府に申請している家庭向け電気料金の値上げについて意見を聞く公聴会で、利用者から「経営合理化の努力が足りない」と次々に指摘された。値上げ分の中に社員のボーナスや給与の増額分を盛り込んだとされ、「甘えだ」「理解できない」と批判が集中している。そのうえ、人件費増となる新卒採用の再開が広く理解を得られるかは微妙だ。
6月8日放送のフジテレビの情報番組「とくダネ!」では、現役の東電社員のインタビューが流れた。社員の年収2割カットが実施されたため、「毎日弁当」「1円も使わない日が週3、4日はある」とこぼし、「それぐらいやらないと、生きていけない」と嘆いていた。続けて「社員が次々と辞めていく」と打ち明ける。退職するのは独身の若い世代が多く、このまま人材が減り続けると電力の安定供給に支障をきたす日がくるのではないかと不安を口にした。
政府から公的資金1兆円の注入が決まり、東電が突然倒産する心配は現時点ではない。しかし原発事故で甚大な被害をもたらしたうえ、その対処について疑問の声が今も出続けている。この状況下で就職すれば、たとえ新入社員でも料金値上げや事故対応について利用者からあれこれ問われることは容易に想像できよう。
東電は500人もの新卒者を確保できるのか。就職問題に詳しいジャーナリストの石渡嶺司氏に聞くと、「技術系、事務系とも一定数は希望者が出るでしょう」と話す。政府から多額の融資を受けてなお給与アップにボーナス支給、という「企業姿勢」を見て、「今後もつぶれることはないだろう」と考える学生はゼロではない、というわけだ。
他企業で採用されなかった人材でもいいとはならない
大学3年生にとっては、まだ就職活動が本格化していないためか、東電の「新卒採用再開」はそれほど大きな話題になっていないようだ。厳しい就職状況が続くうえ劇的な改善がすぐには望めない中、東電の採用の門戸が開いたことで、一部学生が就職口の候補に入れても不思議はないだろう。だが石渡氏は、「よほどの覚悟や志がなければ、就職先としてお勧めしません」と明言する。
就活生にとって魅力的な企業の条件には、給与面と並んで社会的なステータスがある。東電の場合、たとえ給与面は満たされたとしても、ステータスの面では大変厳しい状況だ。原発事故後からこれまでの対応ぶりを見た限りでは「今後、就職先としての人気が事故前の状態まで回復するとは思えません」(石渡氏)。
一方で、東電がなりふり構わず500人確保しようと動くこともなさそうだ。「東電はプライドが高い。ほかの会社で採用されなかった人材でもいい、とはならない」と石渡氏はみる。企業が優秀な学生を入社させたいと考えるのは当然だが、「勘のいい学生なら、仮に入社しても新人は『クレーム対応』に回されて顧客から散々厳しい批判を浴びると想像するでしょう。結局『割にあわない』と敬遠するケースが結構多いのではないでしょうか」
東電は、電気料金値上げの理由のひとつとして「人材確保」をあげている。値上げにより給与増額、さらにはボーナス分をねん出して社員の流出を食い止め、若く活力あふれる人材も獲得するねらいだ。しかし、原発事故対応や被災者への損害賠償を抱え、逆風にさらされている会社に学生が希望を胸に入社してこられるかどうかは疑問だ。