(ゆいっこ花巻;増子義久)
「こんな舞台設定は初めて。でも、雷や雨だれの伴奏付って、さすがはイーハトーブ(宮沢賢治の理想郷)。忘れられない思い出になります」―花巻市にゆかりのあるオペラ歌手、古川精一さんを招いた「ハイキングと歌の会」が28日、同市石鳥谷町の戸塚森森林公園で開かれ、古川さんは"自然交響楽団"をバックに熱唱した。
家の中に引きこもりがちな被災者の皆さんを新緑の世界へ……と「ゆいっこ花巻」が企画し、被災者とスタッフ合わせて約30人が参加した。午前中の散策と山菜採りが終わり、昼食を挟んで午後1時からいよいよ、コンサート。と、思ったとたん、物すごい豪雨と雷鳴に襲われた。急きょ、観客も野外ステ-ジの舞台上に。
「アヴェ・マリア」(グノー作曲)、「椿姫~プロヴァンスの海と陸」(ヴェルディ作曲)、「フィガロの結婚~もう飛ぶまいぞこの蝶蝶」(モーツアルト作曲)…。古川さんの野太いバリトンが次々に森の中に吸い込まれていく。時折、森の住人、フクロウとデュエットする場面も。歌い終わった瞬間、雷雨は収まり、森全体が小鳥の大合唱に包まれた。
東京在住の古川さんはヨーロッパを中心にソロリサイタルを開催するなど世界的に活躍する一方、花巻市のイーハトーブ大使にも委嘱されている。「実は祖父が賢治さんが教鞭をとった花巻農学校の出身なんです。雨ニモマケズ風ニモマケズ、そして雷ニモマケズ…。何とも粋な計らい。今日の舞台装置はまるで賢治さんの采配みたいですね」。古川さんが満面に笑みを浮かべた。
「感動した。力をもらった」。身を乗り出して聞き入っていた吉田毅さん(69)が頷きながら拍手を送った。宮古市で被災し、現在、花巻市内の借家に奥さんと暮らしている。昨年暮れ、脳梗塞に倒れた。以来、気弱になって家の中に閉じこもってばかりいた。イベントへの参加はこの日が初めて。無理をするとしびれが来るという足を引きずりながら、せっせとフキを集めた。
「プロの歌声を目の前で聴けるなんて、こんな贅沢はない。みんなに支えられているんだということを改めて実感した」と吉田さん。手には収穫したフキの束が。「この辺の山菜にも放射能が含まれているらしいけれど、福島の人たちのことを考えれば…。今晩のおかずはフキの煮つけです」
「また、かならず来ます」。わずか数時間の滞在で東京にとんぼ返りする古川さんは参加者全員と握手を交わした。鳥のさえずりが一段と大きくなったような気がした。「風とゆききし、雲からエネルギ-をとれ」(「農民芸術概論綱要」)―。賢治の言葉がふと浮かんだ。
ゆいっこ
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