三菱重工業と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2012 年5月18日未明に打ち上げたH2Aロケット21号機は日本の「宇宙ビジネス」の幕開けを告げるものだ。外国の衛星を有料で宇宙へ運ぶ初のケースとして、世界の受注競争に本格的な一歩を踏み出した。ただ、コスト高など課題は多い。
欧州やロシアより割高
18日午前1時39分、JAXA種子島宇宙センターから打ち上下られたH2Aは韓国航空宇宙研究院の多目的観測衛星「コンプサット3」と、JAXAの水循環変動観測衛星「しずく」を、軌道へ無事投入した。コンプサット3は高解像度の光学カメラを搭載し、地上の地理情報解析などが目的。受注額は非公表だが、数十億円とみられる。
すべて国産技術で構成されるH2Aは2005年の7号機から今回で15回連続の成功。その成功率は95.2%に達し、日本の打ち上げ技術の高さを証明する。だが、年間200回以上を打ち上げる欧米企業に大きく水を空けられている。
実際、三菱がロケット事業を維持するには、生産能力の上限である年4機の打ち上げが最低限必要とされ、うち、2~3機は国やJAXAの「官需」 が期待できるが、残りは民間需要を取り込む必要がある。ただ、三菱の大宮英明社長が打ち上げ成功後の18日の記者会見で、「コストダウンに最大限の努力をしたい」と表情を引き締めたように、受注獲得にはコストが大きな壁になっている。
ロケット専用の部材を使っているのが大きな原因で、H2Aの打ち上げ費用は85億~100億円と、アリアン(欧州)やプロトンロケット(露)の約80億円に比べて割高。さらに、米ベンチャーの「スペースX」は打ち上げ失敗がまだ多いとはいえ、同社が開発した「ファルコン」は約43億円と半分程度の格安で注目されている。さらに、今後はインドや韓国勢も低価格ロケットで参入を目指している。
コスト以外にも課題が多い。近年、世界では衛星の大型化で4~6トンクラスが半分程度を占めると言うが、H2Aが運べるのは4トンまで。8トンまで打ち上げられるH2Bは年間に1機の生産がやっとという。また、打ち上げ場所の種子島は赤道から遠いため、赤道直下で打ち上げるアリアンなどに比べ、静止軌道に入るまでに衛星が燃料を多く消費し、その分、衛星の寿命が短くなるのも弱点だ。
これらについて三菱は、H2Aのコストを2020年までに半減する方針を掲げ、同社が開発中の国産小型ジェット機「MRJ」と胴体のアルミ部品を共通化したり、電子部品に市販カーナビシステムを活用することなどを検討している。2013年末を目標にH2Aを改良し、第2エンジンの時間を延ばすことで目指す軌道の近くまで衛星を運んで衛星の燃料消費も抑える計画だ。
国家戦略として取り組む気があるか
ただ、こうしたメーカーの努力には限界があり、「国が国家戦略としてインフラ輸出の一つと位置付ける必要がある」(政府関係者)というのが関係者の一致した指摘。衛星ビジネスの最大のターゲットは静止衛星で、世界で年20機前後の需要があるが、今後、新興国などでも需要拡大するとみられる。現在は欧露が強く、米中も加わってシェアを奪い合う激戦区だ。
三菱は当面、モンゴルやチリなど新興国が計画する災害対策用衛星などを受注し、市場の一角に食い込みたい考えだが、そのためには、政府開発援助(ODA)の活用などに加え、単に衛星自体の性能、価格競争だけでない「ソフト面」の強みが欠かせない。
例えばアジア各国の気象観測などのための衛星のデータを提供しあい、観測の密度と精度を上げるなどの仕組み作りが検討されている。政府が構築を進めている日本から東南アジア、豪州までカバーする日本版GPS(全地球測位システム)を活用し、そのデータを提供してアジア各国を取り込むことも考えられる。中国は資源獲得をにらんで新興国向けに割安で衛星を打ち上げるといった文字通りの国家戦略で取り組んでいるだけに、日本ももたもたしている暇はない。
政府は近く「宇宙戦略室」(仮称)を設けるが、関係省庁の足並みはそろっているとは言えない。縦割りを排して、政府一丸、官民一体で取り組むことなしに、日本の宇宙ビジネスの未来はない。