音楽評論家の吉田秀和氏死去 98歳

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   クラシック音楽などの評論家で文化勲章受章者の吉田秀和氏が2012年5月22日、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。98歳だった。

   吉田氏は1913年に東京で生まれ、東京帝国大学(現東京大学)文学部を卒業後、46年に雑誌「音楽芸術」でモーツァルトに関する連載を執筆し注目を集めた。48年には現在の桐朋学園音楽部門の母体となった「子供のための音楽教室」の創設、88年には水戸芸術館館長に就任し水戸室内管弦楽団を創設するなど、音楽教育や文化の発展に尽力した。

   若い頃に中原中也と親交があり、文学にも造詣が深かった。美術や演劇など幅広い知識に基づいた個性的な文体による批評は他の音楽評論家の追随をゆるさず、クラシック音楽の世界では長く別格の存在だった。1983年、世界的なピアニスト、ホロビッツが来日した時の演奏を「ひびの入った骨董品」と評したことは音楽批評史に残る伝説となった。

   71年から朝日新聞で「音楽展望」を執筆、96年に文化功労者、2006年に文化勲章を受章した。90歳を過ぎても精力的に執筆活動を続けていた。

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