日米首脳会談や日中韓首脳会談など一連の外交日程を経て、日本の通商政策の手詰まりが鮮明になっている。
最大課題である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の参加問題に進展がない一方、日中韓の自由貿易協定(FTA)締結については、中韓の「日本外し」の気配が濃くなりつつある。
「即時交渉入り」は実現せず
野田佳彦首相、中国の温家宝首相、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領による首脳会談が2012年5月13日、北京の人民大会堂で行われ、前日の経済貿易担当相会合で一致した日中韓FTA締結交渉の年内開始で正式に合意した。会談に引き続き、経済貿易担当相らが3か国間で初めての経済分野の協定となる日中韓投資協定に署名した。
これだけ聞けば、3か国がFTAに一致して進んでいると錯覚しそうだが、実は、日本が当初描いた「即時交渉入り」は実現せず、「交渉開始時期を特定できなかったのは一種の敗北」(通商関係者)。特に、政府関係者は「韓国がこれほど後ろ向きとは」と嘆いたように、韓国の消極姿勢が目立ったと言う。
日本の戦略は、そう悪いものではなかった。米国主導のTPPに加わることで、他の貿易自由化交渉に弾みをつけようと考え、実際、昨年11月にTPP交渉参加検討の方針を表明すると、アジアの経済ルールが日米主導で作られる事態を警戒する中国が「目の色を変えた」(官邸関係者)。これが日中韓FTAを促す一因にもなった。さらに、日本がアジア・太平洋地域の通商交渉で主導権を握れば、アジアと関係を深めたい欧州連合(EU)も日本とのFTAへの消極姿勢を改めざるを得なくなる――。外務省幹部は「複数の交渉を同時に進めることで日本のポジションは強くなる」と自信を見せていた。
ただ、肝心のTPPについての国内調整が遅々として進んでいない。TPPにより関税が引き下げられると安い外国産が流入し、国内農業が壊滅するという農協などの反対は収まらず、民主党内の反対論などから足踏み。野田首相がイメージした4月末の日米首脳会談での交渉参加表明を見送るしかなかった。こうなると、TPPをテコに別の通商交渉を促進するシナリオも遠のく。
TPP慎重派と消費増税反対派が重なる
そもそも日中韓の思惑はかなりズレがある。中国はTPPへの警戒感から、「日本をつなぎ留めるためのカード」(通商筋)と日中韓FTAを位置づけていたので、日本のTPP論議停滞で中国の焦りが後退。FTAの内容でも、自国産業保護のため自由化は緩やかに進めたい考えで、野田首相が描く「高いレベル」のFTAとの温度差はくっきり。韓国は、米国やEUなど45か国とFTAを締結済みで、ライバルである日本に対し優位に立っている今のポジションをキープしたいのが本音。だから、中国とのFTAを最優先する方針で、日中韓への関心は低い。
TPP交渉は、参加9か国の協議が続くが、各国の意見の隔たりが大きく、「年内合意という目標が難しくなりつつある」(通商筋)。まだ、交渉参加を決断できない日本にとっては、「各国の協議が進展し、後で入っても意見をほとんど反映できない事態は避けられる」(同)と期待が持てる状況ではある。ただし、日本国内の状況も、6月下旬に参加を判断、つまり参加表明しようという政府の目論見通りに行く見通しは立っていない。
野田首相は6月18、19日の20か国・地域首脳会議(G20)の際にオバマ大統領に交渉参加表明したい意向とされるが、政府が消費税増税にかかりっきり状態なうえ、民主党内のTPP慎重派が、その増税反対派と重なることも、事態を一段と難しくしている。
政府は5月18日、未定だったTPPの対外交渉を仕切る政府代表に大島正太郎・元外務審議官の起用を決めた。大島氏は通商交渉の経験が豊富で、直近まで世界貿易機関(WTO)上級委員を務めていた。「TPPへの意欲を米国にアピールするための人事」(通商関係者)とみられるが、難局打開は容易ではない。