韓国の裁判がきっかけに
新日鉄が提訴に踏み切る「証拠」をつかめたのは、韓国内の「事件」がきっかけ。2007年、ポスコから中国メーカーに、問題の鋼板の技術が流出させたとしてポスコ元社員が逮捕された。この元社員は裁判の中で、「流出した技術はポスコのものでなく新日鉄の技術」と主張。裁判では今回の新日鉄元社員の名前も登場したことから、新日鉄が証拠保全手続きで元社員の保有する資料を押さえ、今回の提訴につながった。まさに「幸運のなせる技」(新日鉄関係者)だった。
日本企業の海外進出増加や世界的な人材の流動化、情報技術(IT)の進展などに伴い、鉄鋼以外でも、電機メーカーなどで同様の問題は深刻とされる。政府は不正競争防止法の罰則を強化し、刑事罰(営業秘密侵害罪)を導入したが、刑事裁判に持ち込める例はほとんどない。
実際に、企業は現在でも、退職者と秘密保持契約や、競業他社への転職を禁止する契約を結ぶなどしている。新日鉄もこの元社員と秘密保持契約を結んでいた。しかし、「退職した社員の行動を全て把握するのは無理」(鉄鋼業界筋)だし、職業選択の自由の観点から転職を制約するのは現実には困難。契約上の「企業秘密」の定義もあいまいで、十分に機能していないという。
それだけに、今回の提訴は産業界の闇に一条の光がさした形で、日本の産業界全体が強い関心を寄せる。本当に流出に歯止めをかけることができるか、まさに試金石になる。