美智子さまご実家と接触に成功 偶然重なった結果だった
元「お妃選び班記者」佐伯晋さんの取材ノートから(4)

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恩師が父英三郎さんと同級生だった幸運

――正田家取材を指示され、どうやって接触を図ったのですか。

佐伯 リストつぶし作業の中で初めてといっていいくらいの有力情報だったので、社会部1年生のぼくが担当していいのかな、困ったなと思いながら、社内で正田家に関する資料に目を通していた。すると、美智子さんの父英三郎さんが、「東京商科大 昭和2年(1927年)卒業」という情報がぱっと目に入った。ぼくが卒業した一橋大の前身の学校で、しかもぼくの大学時代のゼミの先生、山田雄三先生も同大昭和2年卒だったと思い当たった。山田先生のところへは卒業後も時折、顔を出してかわいがってもらっていた。
   牧さんから指示された5月16日のうちに早速、先生の家へ電話すると在宅だったので、すぐに家へ伺った。正田英三郎さんについて聞くと、「しばらく会ってないけど昔、仲は良かった」という。これはしめた、と「ここだけの話ですが」と切り出し、正直にお妃候補の取材だと明かした上で、英三郎さんへの紹介状を書いてくれるようお願いした。
   すると先生は大笑いして「そんなことあるはずがない。正田君の家は全く庶民的で、娘さんが皇室に入るなんてそんな家じゃないよ」と言う。これはむしろ当時の常識で、ぼくや牧さんだって正田家について有力情報だとは思う一方、半分近くはまだ「旧華族ではなく民間からお妃が選ばれるなんて、まさかな」と思っていた。
   先生はそれでも「そこまで言うなら(紹介状)書いてあげよう」とソファを立ってすぐ横の大きな机に座ってさらさらっと短時間で書いてくれた。便せんで2枚だったかな、封筒に入れて封をせずに渡してくれた。読んでみると、「この青年は自分のゼミの教え子で卒業後も付き合っているが、まじめで決してあなたに迷惑をかけるような人間ではないと保証できる」というようなありがたい文面だった。
   それで、飛んで会社へ帰って英三郎さんあてに会って欲しいと手紙を書き、先生の紹介状を同封した。これを速達で出した。これが金曜のことで、手紙には日曜夜に自宅へお電話しますと書いておいた。
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