いきなり「朝駆け」命じられた
――待ち望んでいた「社会部らしい仕事」が来たわけですね。
佐伯 それが全然。牧さんがお妃選びの割り出しの仕事をやっていたのは、一応社内でも「秘密」ではあったけど、まあぼくにも分かっていた。牧さんに声をかけられた瞬間、お妃選び班の仕事だとピンと来た。当時は、お妃選びといっても、結局宮内庁は旧態依然とした発想でどこかの旧華族のお嬢さんを選んで終わりだろ、という程度にしか多くの人が考えてなかった。ぼくもそうで、苦労のわりにむくわれなさそうだし、正直、つまらなそうな仕事だな、というのが頭をよぎった。
その時はまさか、後に民間から美智子さんがお妃に選ばれ、戦後民主主義や開かれた皇室の象徴となる歴史的な出来事になるとは思ってなかった。そうなる(民間出身のお妃が誕生する)と面白そうだな、とはちらっとは考えていたけど。
牧さんから声かけされたとき、気乗りはしなかったけど、この先輩は怒るとおっかない人だしね、「ハイ」と答えるしかなかった。すると、牧さんはデスクのところへ行ってごにょごにょ話を始めた。ぼくを使っていいか、という人繰りの算段をつけたんだろう。
2月中旬の当時、担当記者たちの間で「3月危機説」が流れ始め、「お妃選びは3月に大きな動きがある」という見方が出ていた。まあぼくは後で知ったんだけど、それで牧さんもそろそろ1人では大変だと思っていた時期だったようだ。
それで、牧さんはデスクとの話を短時間で終えるとぼくのところへ来て、「じゃあ、明日から......」と、いきなり「朝駆け」を命じてきた。レクチャーも何も一切なし。今、手元のノートを見ると、「2月17日 宇佐美張り込み」と書いている。