歌手の西城秀樹さんが、2度の脳梗塞を乗り越えてステージに帰ってきた。まだ激しく動き回れないが、1時間で7曲を無事に歌いきった。
一時は芸能界からの引退もささやかれた。必死に右足を動かし、ゆっくり階段を上る姿は、若いころのエネルギッシュさとはかけ離れているが、「今の自分」を包み隠さず人前に出すのは、自身の「哲学」に基づいているようだ。
突然千鳥足のようになって崩れ落ちた
「泣けてきた。本当に泣けてきましたよ。すごい」
日本テレビの情報番組「スッキリ!!」のコメンテーター、テリー伊藤さんは2012年4月16日の放送でこう言うと、唇をかみしめて目にうっすらと涙を浮かべた。番組では、4月14日に東京都内で行われた「タイムスリップ70's同窓会コンサート」に出演した西城秀樹さんの、復帰までの道のりを特集した。テリーさんは実際に会場に足を運び、ライブを楽しんだと話す。思わず涙ぐんだのは、西城さんが脳梗塞からカムバックするまでに苦しいリハビリに耐えてきた様子を想像したからかもしれない。
最初に脳梗塞を発症したのは2003年。ろれつが回らず発声もままならないという、歌手としては致命的な症状だった。それでも舌やあごの懸命なリハビリの結果、2005年にはほぼ回復。歌手活動も再開していたが2011年12月、再び病魔に襲われてしまったのだ。
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血液が流れなくなり、脳に酸素や栄養が行き渡らなくなって脳細胞が壊死してしまう病気だ。しかも再発の可能性が高いと言われる。時間が経過するほど脳へのダメージが広がるので、それだけ後遺症も重くなる。西城さんは番組内で、「カゼが長引いているな、と思ったら突然、千鳥足のようになって崩れ落ちた」と2度目の発症を振り返った。
すぐに病院に駆け込んで治療を受けたが、右半身にマヒが残った。トイレにも行けず食事も満足にとれない。「死にたいという気持ちになる」「また(病気と)戦わなければならないのか」という言葉に、当時の西城さんの絶望感うかがえる。
発病から約4か月、杖も使わずに独力で歩けるまでに回復したのはひとえに、毎日のリハビリのたまものだ。初めは右足で足踏みもできなかったが、手足をゆっくり動かすことから始めて、徐々に歩行練習に取り組んでいった。今はプールに入ってのウォーキングも行う。インタビューの受け答えを見る限り、歩みがゆっくりなのを除けば後遺症らしきものはほとんどうかがえない。
「YMCA」なしでも7曲を歌いきる
「復帰コンサート」となった4月14日、ステージ裏にもテレビカメラが入って当日の様子を追っていた。若いころの西城さんは、オーバーアクションとも思える力のこもった振り付けで歌いファンを魅了したが、現在はまだ病気から完治しておらず、この日の舞台は静かなメロディーの曲を中心に構成された。代表曲「YOUNG MAN」も、まだ両手を使った「YMCA」の振りが完全にできないため曲目から外された。
ステージでは立ったまま、マイクを持って熱唱する西城さん。椅子に座ることもあったが、杖には頼らなかった。激しい振り付けがないことを除けば、歌声は随所に若いころの「ヒデキ節」を感じさせる響きがあった。
これまで西城さんは、闘病中にもかかわらず積極的に取材に応じ、自身の姿をさらけ出してきた。エネルギーにあふれた過去の西城さんを知る人たちにしてみれば、足を引きずりながら歩く様子は痛々しく感じるかもしれない。それでも、ありのままの自分を隠さず見せることで、「僕もがんばっていますから、皆さんもがんばってくれますか」と多くの人たちにエールを送れるのではないかと考えたのだと告白した。
コンサートの前日の4月13日、西城さんは57歳の誕生日を迎えた。公式サイト上でそのことを報告しつつ、「マイペース マイペース 一歩ずつ…」と自身にも言い聞かせるようにつづっている。西城さんのファンは、国内はもちろん、米国やカナダ、香港をはじめ海外にも広がっているのが特徴だ。サイトのコメント欄には日本語や英語で、歌手活動の再開を喜ぶ声に加えて、「無理をしないでください」といたわる内容も見られた。