中国・重慶市の共産党委員会書記を解任された薄煕来氏は、さらに党中央政治局員、中央委員の職を解かれる事態に発展した。
さらに薄氏の妻が、2011年11月に英国人実業家が死亡した一件に関与している疑いがあるとして逮捕された。有力政治家だった薄氏の身内が殺人犯となれば、大変なスキャンダルだ。「美人弁護士」と言われた妻は、どんな人物だったのか。
「中国のジャッキー・ケネディ」も知名度いまひとつ
薄氏の妻、谷開来氏はもともと弁護士で、中国共産党幹部だった父を持つ。その経歴は、米ウォールストリートジャーナル(WSJ)電子版2012年4月9日付の記事に詳しく書かれている。北京大学で法律と国際政治を学んだ後、1984年に調査のため訪れていた遼寧省大連近郊で薄氏と初めて顔を合わせ、約2年後に結婚した。薄氏も北京大学の卒業生だ。
WSJや英BBCニュース電子版が描く谷氏の横顔は、エリート街道を歩んできた女性そのものだ。弁護士を志して1995年に事務所を開設、英語を流暢に話し、米国での裁判ではいくつもの中国の顧客企業を勝訴に導いて「中国でも最も成功を収めた法律家のひとり」として名をはせる。今から15年前に米国を訪れた谷氏と会った米国人弁護士は、美人で頭脳明晰なだけでなく快活でチャーミングな一面もある谷氏を、故ジョン・F・ケネディ元大統領夫人になぞらえて「中国のジャッキー・ケネディだ」と称えたという。
2011年11月に重慶市のホテルで死亡した英国人のニール・ヘイウッド氏と薄・谷夫妻が知り合ったのは1990年代初めだ。以後、中国だけでなく米国や英国でも法律業を営むようになった谷氏は、ヘイウッド氏をビジネス上のアドバイザーとする。しかし、夫が98年の大連市長就任以後、2004年に商務部長、07年に重慶市トップの共産党委員会書記と階段を駆け上がる頃になると、谷氏のキャリアについては聞こえてこなくなる。WSJによると、数年前から精神的に不安定な状態に陥り、病院での治療を望んでいたとの証言も出た。ヘイウッド氏も、谷氏が汚職の疑いで取り調べを受けてからひどく神経質になったと友人にこぼしていたそうだ。
ただ、谷氏は一般市民に広く知られている存在ではなかったと、中国事情に詳しいノンフィクション作家の安田峰俊氏は話す。数年前からインターネット上で「強い女性」として取り上げられることはあっても、中国の国民的歌手である彭麗媛氏(習近平国家副主席夫人)のように、世間の話題の中心になるような「有名人」とは違っていたようだ。
失脚前提に過去の「悪事」がばらされる
中国国営の新華社通信は2012年4月10日、谷氏がヘイウッド氏の死に関与した疑いがあるとして身柄を拘束され、司法当局に送られたと伝えた。先のWSJの記事によると、ヘイウッド氏は生前、谷氏が身内に裏切られたと強く思い込んでおり、谷氏と仲たがいした後に「自身に危害が及ぶのではないか」と知人に話していたという。ヘイウッド氏の死因は当初アルコール中毒とされたが不審な点も多く、再捜査の末に谷氏の逮捕となった。
仲たがいの原因はビジネス上の金銭のもつれとも言われているが、現時点では詳しくは分からない。ただ、薄氏の一連の解任とは関連がありそうだ。安田氏は、「中国では『悪事が明らかになったから失脚する』のではなく、『失脚を前提に、あれこれと悪いことがばらされる』のです」と説明する。中国の政治家は大なり小なり、あまり表ざたにしたくない「傷」を持っているようだが、通常それが暴露されることはない。だが権力闘争で失脚する者に対しての「理由づけ」として、過去の「罪」を表面化させることはあるという。元上海市長で2006年に失脚した陳良宇氏なども、はじめに失脚ありきのシナリオで、「汚職」を暴かれた可能性が高いそうだ。
仮に妻が殺人犯となれば、薄氏本人が犯罪に手を染めていなくても身内の不祥事として、当然政治の表舞台に立ち続けるわけにはいかなくなる。今後、さらなる追い打ちがかけられるかもしれない。