日本の農業、実は強い TPPは成長するチャンスだ 

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   食糧自給率の低下や後継者不足問題、そしてTPP参加など課題山積みの「ニッポンの農業」。どうすればもっと「強く」なれるのか。

   農業ジャーナリストの青山浩子さん、農業誌「Agrizm」発行人で月刊誌「農業経営者」副編集長の浅川芳裕さん、株式会社ローソン代表取締役社長の新浪剛史さん、「丸の内朝大学」仕掛け人の古田秘馬さんの4人が話し合った。

今や農家は人類のエリート層

「日本の農業は強いんです。質もいいし安全性も高い。日本の商品を世界で並べて差別化していきいたいですね」(新浪剛史さん)
「日本の農業は強いんです。質もいいし安全性も高い。日本の商品を世界で並べて差別化していきたいですね」(新浪剛史さん)

――日本の農業はダメだと言われていますが、どう考えていますか?

新浪 日本の農業は非常にいい商品を作っていて「強い」と思っています。ダメじゃないですよ。日本は繊細なモノづくりができる国です。それは農業にも当てはまります。質の良さは自信を持っていいと思います。
青山 私もダメだとは思っていません。ただ、お客さんのほうを向いてモノづくりをしている農家が少ないのは確かです。おいしいもの、安いもの、キレイなものなど日本人のニーズは多様ですが、そこを捉えている農家は少ない。一方、食品メーカーや加工メーカーは条件があえば国産の食材を使いたいと思っています。このミスマッチを埋められれば、内需を掘り起こすだけでもチャンスはあるのではないでしょうか。
古田 農業者は非常に優秀ですよ。ただ制度には問題ありです。現状だと、生産部分を「農業」と言いますが、販売やレストランなどは農業とは言いません。この仕組みはダメです。いい製品があり、なおかつポテンシャルもある生産者はいるので、彼らを活躍させる「場」をどう作っていくかが課題でしょう。
浅川 僕は「強すぎ」だと思います。そもそも世界的に見れば、先進国は8~9億人で、そのなかで農家人口は800万人。後継者はうち5%と言われています。将来ずっと農業をやっていくのは0.1%に過ぎません。農家の数が少なくなればなるほど、世界は進化してきたと言えるのです。今や農家は人類のエリート層です。1000人に1人の農家が作る農産物でさえ、私たちの食の需要を越えてしまっている。日本では1960年代と比べ農家数は6分の1になっていますが農産物の全生産量は増えています。つまり、農家1人あたりの生産性は6倍に増えているんです。問題があるとすれば、強すぎて困っているくらいです。

――では、どうして危機が叫ばれるのでしょうか?

浅川 農家の人数が減っても生産性は上がりました。昔は農家100人に対し役人は1人だったのに、いまはほぼ1対1。官の立場からすれば「問題がないと自分たちが困る」。だから、困った問題をわざと「創出」しているんです。カロリーベースの食料自給率なんて日本しか使っていませんよ。輸入自由化したら大変だ、と危機感をあおる。前提が違うのに、自給率が低いので輸入が増えると大変だと訴える。つまり「宣伝」に過ぎません。

農業は産業なのか家業なのか、そこが渾然一体

「消費者が簡便性を求め、素材を料理しなくなってきましたが、そこに生産者が入り込み、川下のマーケットや農産加工に取り組む余地はまだまだあります」
(青山浩子さん)
「消費者が簡便性を求め、素材を料理しなくなってきました。そこに生産者が入り込み、川下のマーケットや農産加工に取り組む余地はまだまだあります」(青山浩子さん)

――なるほど。それでは改めて、いまの農業の1番の問題はどこだと思いますか?

青山 農業は産業なのか家業なのか。そこが渾然一体としている。産業というのは、コストであったり生産性だったりを追求するものですが、家業は、あくまで自分や家族を養うため、農地を守っていくための手段です。農家が減り、生産力が弱体化しているいま、今後は「産業」にシフトしていかなくてはいけないのに、政策もこの区別ができていません。
   浅川さんがおっしゃるように、産業であれば農家が減っていくことが悪いとは思いませんが、農水省も政府も、区別をつけられずにいます。それぞれ異なるものとしてとらえ、必要な政策をとっていく必要があるでしょう。
古田 農業は農業以外の分野とのコラボレーションが必要です。一例ですが、デンマークにサムソ島という島があります。島民はたった4000人ですが、いまから10年前に風車、地熱などの自然エネルギーのみで暮らそうという方針が決まりました。結果どうなったかというと、農作物の値段も以前の1.5倍になったし、「あそこはグリーンアイランドだ」と噂が広まり、観光客も増えたんです。つまり何が言いたいかというと、農業だけでなく、エネルギー、観光などトータルで考えれば新しいマーケットが生まれる。その境目にこそ成功があるのです。
新浪 何といっても「若い世代」の力が必要です。高齢化が問題といわれますが、まったくその通り。年齢が高い人が多いと、どうしても保守的になってしまいます。若い人たちが出てきた方がイノベーションにつながるし、おもしろいアイデアも出てきます。若い世代をどう担い手にしていけるかが大事です。
浅川 食べる用途以外の農産物生産にマーケットの出口を広げるために、酒やたばこの自由化を訴えたいですね。酒税やたばこ税もゼロにする。生産が自由になると供給は増えます。税務署にコントロールされるような不自由な世界はやめるべきです。お酒は水や土地が作るものですし、自由に作れるようになればそれだけチャンスは増えますよ。
古田 日本の地ビールは税金が高いんです。だからなかなか参入できない。たしかに税金は問題ですね。

――米はどうですか?

浅川 関税を無くしちゃえばいいんです。自由化すれば食品メーカーも、いい米使っていいものつくろうと思でしょう。たとえば、イタリアは世界一の小麦の輸入国です。その小麦を使って「パスタ」として輸出しています。日本もそうやって産業を発展させていくことが大事だと思います。
古田 イタリアやフランスは加工品のブランディングがすごくうまい。日本はまだまだです。フロリダのグレープフルーツのように「ブランド」を仕掛けることができれば、米だって世界で闘えますよ。

――では、国の政策はどうすればいいのでしょう。

新浪 農業法人を増やすべきです。新たに参入しやすい仕組みがもっと必要です。農協も法人が加われば、適切な競争原理が働いて、お客さまのニーズに合ったモノづくりするようになりますし、マーケティングという概念も強まります。そのためには、10~20年と長い時間で支援できるファンドづくりが必要かと思います。
浅川 いまの農家を「特権階級」と認めたうえで、農地法を無くしちゃえばいいんです。そうすれば活用したい人に解放できて、やりたい人が土地を買えますから。
古田 僕は、国の政策を待つのではなく、最初は小さくても、企業とコミュニティと一緒になってまず動いてみることが大事だと思っています。まずは価値創造を行ってみないと国もそれがいいか悪いかジャッジできないですよね。たとえば、東日本大震災直後に、ローソンさんが被災地にまず出向きました。そういう民間じゃないとできないことがきっかけになるのではないでしょうか。

関税が無くなれば食品工業は元気になる

「TPP参入で日本は世界一の農業大国になります! 関税をなくせば国内の食品工業
はもっと元気になります」(浅川芳裕さん)
「TPP参入で日本は世界一の農業大国になります! 関税をなくせば国内の食品工業 はもっと元気になります」(浅川芳裕さん)

――それでは、ホットな論争になっているTPP問題について。参加すると日本はどう変わっていくと思いますか。

浅川 ずばり、世界一の農業大国になると思います。理由は、いま世界の食品貿易はほとんどが加工品だからです。日本では加工品を作るうえで大切な小麦、砂糖、バター、米の関税が200%以上かかっています。他国ではそういった「足かせ」はありません。今まで不公平な競争をやってきたと言えます。現状でも日本は生産額でみると国連統計で世界5位、世界銀行ベースで世界4位なわけですから、関税というボトルネックを解消すれば、世界の舞台でもっと競争ができます。
   いまは関税が高いから工場も雇用もすべて海外に行っていますが、関税が無くなれば、将来的には国内の工場はもっと元気になるでしょう。
青山 私はやはり農業にはマイナスだと思います。米のシェアは維持できると思いますが、さとうきびやてんさいなどは品質上の優位性がなく、輸入品にとって代わられる可能性が高い。ただ、現実問題として参加を見送ることはないでしょう。ですから、「明日協定が結ばれる」と思って、いまできることをやりましょうと言いたい。品質がばらつく、利益が残らないなど、自身が抱える「課題」をいまのうちから解決していけばいいんです。個人的にはTPP反対ですが、やるべきことを後回しにしていては被害を大きくするだけだと思います。
古田 反対とか賛成ではなく、安全性と経済性の問題があるんですよね。経済的なことを考えれば自由化しても日本はクオリティが高いので大丈夫です。世界と戦っても太刀打ちできると思います。
   ただ安全性の議論はされていない。そこが問題で、メディアはTPPがいいか悪いかしか言わず、安全性の議論は先延ばしにされている。いずれ開国していかなくてはなりませんが、いろんな問題を含んでいるので、「ルールづくり」を徹底すべきでしょうね。
新浪 TPPに参加すれば、より大規模な法人も出てきて、イノベーションも進み、「お客さま思考」が強くなります。つまりは「プロダクトアウトからマーケットインへ」ということ。お客様が求めているものを作るようになっていくでしょう。
   古田さんから「安全性」のお話がでましたが、GMO(遺伝子組み換え生命体)やBSE(牛海綿状脳症)などについては、我々流通側がお客様にどう伝えていくかが大事になると思います。流通がちゃんと「GMO」だと伝えることが大事で、選ぶのはお客様です。おっしゃるように安全性の議論はぜんぜん進んでいませんから、農産物の輸出入に関するルールづくりは、今からですよね。
   もうひとつ、種子など知財をどう担保していくのかも大事になります。
   ただ、当たり前ですが、輸入ができなければ輸出はできません。TPP参入で輸出は確実にできるようになります。そもそも日本の安全性は高いし、厳しい日本のお客さまのスクリーニングかかったものは大変おいしい。海外では日本の作物をブランドとして提供したいですね。

日本の農業はピンチに追い込まれると強い

「ヨーロッパは加工品のブランディングが非常にうまいですね。日本はブランド戦略
を強めるべきです」(古田秘馬さん)
「ヨーロッパは加工品のブランディングが非常にうまいですね。日本はブランド戦略 を強めるべきです」(古田秘馬さん)

――では最後に、日本の農業を強くするにはどうしたらいいと思いますか?

古田「出口戦略の強化」ですね。誰に売るのか? どの対象に売るのか?ということです。マーケットやニーズをきちんととらえることが重要です。
浅川 ひとつは「外人バイヤー受け入れ」です。いろんな国のバイヤーに来てもらって市場拡大したほうがいい。日本の農産物を見てもらって「発見」してもらうのが一番です。二つ目は「黒字化政策」。いまは赤字の農産物に補填しますという考えですが、黒字の農家にお金出す。そうなると、赤字の人は努力するようになります。あとは酒税法、農水省設置法、農協法、農地法の4つがなくなれば、いいことばかりが起きます。
青山 付加価値で勝負していきましょう。私が取材した農家のなかにも、少量多品目の農産物を生産し、直売所で1500万円を売っている農家、家庭で作らなくなった手料理が自慢のレストランを経営し、繁盛している農家がいます。農家が持っている腕、加工の技術が受け入れられているのは事実です。にもかかわらず若手が育たないのは、安い賃金で働いているから。価値を自分で認めていないんでしょうね。ブランド化して、価値を高めていけば必ず農業は儲かる。そうすれば必然的に後継者は生まれると思います。
新浪 繰り返しになりますが「お客さま志向」です。それにはいろんなアプローチが必要です。たとえば「コラボレーション」。産業界と組みITを活用したりすると、いい商品ができるのは過去の事例からわかります。
   また、TPPはいい機会だと思います。サクランボの佐藤錦がアメリカンチェリーの輸入解禁によって3~4倍売上が上がったことからもわかるように、日本の農業はピンチに追い込まれると強いんですよ。チャレンジして試行錯誤すれば、必ず日本の農業は勝ち抜けると思います。

   J-CASTでは、農業の将来を考えるトーク番組を3回にわたり、「J-CAST THE FRIDAY」スペシャルとして放送した。最終回は2012年3月24日、東京都港区の「品川フロントビル」で公開座談会が行われ、今回はその中身を記事化した。


プロフィル
青山浩子(あおやま・ひろこ)さん…農業ジャーナリスト 京都外国語大学英米語学科卒業。日本交通公社勤務を経て、韓国系商社であるハンファジャパンや船井総合研究所にて勤務。現在は農業関係ジャーナリストとして活躍中。1年の半分を農村での取材にあて、奮闘する農家の生の姿を紹介しているとともに、農業関連の月刊誌、新聞等に広く連載を持ち、茨城大学農学部非常勤講師も務めている。


浅川芳裕(あさかわ・よしひろ)さん…農業誌「Agrizm」発行人、月刊誌「農業経営者」副編集長
ドバイのソニー・ガルフ社等に勤務した後、農業技術通信社に入社。「農業経営者」副編集長、農業誌「Agrizm」発行人、ジャガイモ専門誌「ポテカル」編集長を兼務。農業総合専門サイト「農業ビジネス」編集長、みんなの農業商品サイト「Eooo!(エオー)」の運営責任者も兼ねる。著書に「日本は世界5位の農業大国~大嘘だらけの食料自給率~」(講談社)がある。


新浪剛史(にいなみ・たけし)さん…株式会社ローソン代表取締役社長 CEO
慶応義塾大学経済学部卒業後、ハーバード大学経営大学院修了、三菱商事株式会社へ入社。株式会社ソデックスコーポレーション、現・株式会社レオックジャパン代表取締役を経て、2002年5月株式会社ローソン代表取締役社長執行役員に就任。2005年3月より同社代表取締役社長兼CEOとなる。2010年より経済同友会副代表幹事を務める。


古田秘馬(ふるた・ひま)さん…「丸の内朝大学」仕掛け人
株式会社umari 代表取締役、プロジェクト・デザイナー。山梨県・八ヶ岳南麓「日本一の朝プロジェクト」、東京・丸の内「丸の内朝大学」などの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。2009年、農業実験レストラン「六本木農園」を開店。2011年、生産者とお客様をつなぐ現代版三河屋「つまめる食材屋七里ヶ浜商店」を開業。


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