23世紀を舞台にしたSF漫画「てきぱきワーキン・ラブ」に、登場人物が図書館で「2013年に刊行された、最後の紙の版の百科事典」を手に取る場面がある。もちろんこの時代には書籍はすべて電子化され、紙の本は消滅しているという設定だ。
そんなワンシーンが現実のものになるかも知れない。百科事典の代名詞「ブリタニカ百科事典」が2012年3月13日、書籍版の刊行を打ち切ることを発表したのだ。
90年代を境に苦境続く
百科事典の歴史は1751年にフランスで刊行を開始した「百科全書」に始まるとされる。ブリタニカはそれから間もない1768年に誕生し、以来244年にわたり15版を重ねた。しかし最近では、書籍版の販売部数が20年前の10分の1にまで落ちこむなど、不振が目立っていたという。
ブリタニカのほか、アメリカを代表する「アメリカーナ百科事典」も2007年の改訂以来、書籍版の刊行を中断中だ。「紙の百科事典」には、世界的に苦境が続いている。
1990年代からパソコンが普及し、次第にCDやDVD形式で刊行されるようになったことが大きかった。さらに2001年、フリー百科事典「ウィキペディア」が登場しで状況が一変した。無料で利用でき、なおかつ内容が随時更新される「ウィキペディア」は、改訂に時間のかかる従来型の百科事典を一気に凌駕した。パソコン用百科事典の代表格だった「エンカルタ総合大百科」(マイクロソフト)も2009年を最後に販売終了に追い込まれた。
平凡社「続けられる限りは続ける」
日本で百科事典が盛んに出版されたのは1950年代後半から70年代初めにかけてで、当時は多くの家庭の本棚に百科事典がずらりと並んだ。今ではほとんど見かけない「百科事典の訪問販売」も盛んに行われた。
しかし現在、書籍の形態で百科事典を刊行し続けているのは平凡社のみだ。同社は1914年刊行の小事典「や、此は便利だ」に始まり、1931年に「大百科事典」、1988年には現行の「世界大百科事典」を出版し、2007年にも「改訂新版」(全34巻、28万3500円)を上梓している。
平凡社取締役の斎藤文雄さんは同社の「紙の百科事典」の今後について、
「合併による地名変更や物故者など小規模な修正を加えながら、今後とも増刷・販売を続けられる限りは続けていく」
と話す。そもそも事典編纂には大きな予算がかかっており、再生産によってそれを回収する必要もあるという。「ブリタニカ」書籍版の終了には「残念」と述べ、
「ドイツやフランスでは、細々とだが紙の百科事典の刊行が続いている。そういったところに国の文化や民度というものも表れると思うし、日本でもできれば維持していきたい」
と語った。
台頭するウィキペディアなどについては、「一概に否定はしないし、長いスパンで見れば双方向型の百科事典には意義がある」と評価しつつも、「現時点では責任性がないのが問題。平凡社としては、信頼性のためにも『責任編集』というやり方は外せない」としている。