公開の席で部下を切り捨てることは「禁じ手」
――全人代期間中の3月9日には、薄煕来氏が記者会見で辞任説を否定していました。
加藤 今から言えば、虚勢を張っていたのでしょう。記者会見での発言が命取りになったという見方もあります。薄煕来氏は王立軍氏について「自分の見る目がなかった」と切り捨ててしまったのですが、中国の高級幹部にとっては、公開の席で部下を切り捨てることは「禁じ手」。「潜規則」と呼ばれる、暗黙のルールを踏み外したともいえます。
――習近平氏が、同じ太子党グループの薄煕来氏を「切った」ことで、習近平氏の権力基盤が弱まるという見方もあるようです。
加藤 習近平氏が「泣く泣く盟友のクビを差し出した」ということではないと思います。
習近平氏も最終的に薄煕来氏の排除に同意したのでしょう。二つの先例を連想します。07年の第17回党大会を前にして、胡錦涛国家主席が2期目に入る時、江沢民前国家主席が、当時上海トップだった陳良宇氏を指導部に押し込もうとしたのですが、見事に切り捨てられました。収賄と職権乱用容疑の罪で懲役18年を言い渡され、服役中です。
1995年には、江沢民氏が、指導権確立の障害となる陳希同・北京市党委書記に汚職の疑いをかけて失脚させています。懲役16年の判決を受けました。
薄煕来氏は、現時点では政治局員という党内のポストを保ってはいますが、今後これがなくなるかどうか。なくならなければ、刑事的な訴追を受ける可能性はなくなるし、ポストがなくなれば、刑事責任を問われる可能性が出てくる。この3人は、「自分を中心とした利権集団」を作ろうとしたという点で共通しています。
――それでも、一部には「文革の再来」という見方もあるようです。
加藤 「太子党」「共青団」という二項対立で「太子党の習近平氏が大事な盟友の薄煕来氏を失って大変だ」という報道もありますが、それほど単純ではありません。今の日本の民主党をとってみても、これだけややこしい訳ですから、ましてや、政治大国の中国を「白か黒か」で読み解くことはできません。
中国の首相が会見で文革を例に出すのは異例ですが、文革の再来は大多数の民衆は望んでいません。「文革の時代に戻りたくない」ということが、今の改革開放の最大のバネです。権力闘争がさらに広がるという可能性も小さいでしょう。