国立大学の埼玉大学で、卒業式ならぬ「留年式」が開かれた。学生主体の有志団体が「暗いイメージを抱かれがちな留年」を笑い飛ばそうと企画、運営したものだ。
当日は学長自ら式辞を送って、留年生を激励。笑いたっぷりの式の中で、参加者全員が「来年こそは卒業」と誓った。
卒業証書の代わりに「留年記」授与で「残念です」
埼玉大学は2012年3月23日、卒業式を行った。同大学広報によると出席した卒業生は1695人、保護者は500人を超え、盛大な式となったようだ。
その数時間後、今度は埼玉大キャンパス内で、「留年式」が開催された。式は動画配信サービス「ユーストリーム」でも中継。会場に設置された壇の近くには、学生による「留年式準備会」スタッフや来賓が座り、「留年生席」と見られる場所には10人程度の姿がある。式場は開放スペースで、傘をさした数人が外から様子をうかがっていた。
「これより平成23年度、埼玉大学留年式を開催いたします」
開式の辞の直後、なぜか鳴り響くファンファーレ。司会者が自己紹介を始める。「教養学部4年、来年から5年」と言うと、どっと笑いが起きた。企画した学生も留年が決まっていたのだ。
続いて留年生の代表1人に、卒業証書の代わりとして「留年記」が授与された。司会者が「本学所定の課程を修められず本学を留年したことを認めここに証す」と読み上げ、手渡す際に「残念です」と告げるとまたしても笑いの渦、後に拍手喝さいだ。受け取った代表者も、満面の笑みを見せた。
「サプライズ」となったのは、上井喜彦学長が式辞を寄せたことだ。本人は姿を見せなかったものの、司会者は「本物」だと繰り返し強調した後、代読を始めた。上井学長は「このような式は、おそらく埼玉大学創立以来初めてでしょう」としつつ、「みなさんのユーモア精神に、たくましささえ感じてしまいます」と評価した。一方で、「留年自体を歓迎しているわけではありません」とくぎを刺すのも忘れない。
ただし「中には、大学は豊かな知に満ちていて4年で卒業するにはもったいない、もっと吸収したいと自らの意思で留年する人もいるでしょう」と理解も示す。近年は経済的な事情から、留年となるなら退学を選ぶ学生が増えていると指摘した上井学長は、
「留年できるのはむしろ幸運かもしれません。4年で卒業する学生には経験できない、留年生ならではの濃密で有意義な1年を過ごしてください」
とエールを送った。
尾崎豊の代表曲を替え歌にして熱唱
埼玉大学は1949年、文理学部と教育学部の2学部をもつ国立大学として発足した。2011年5月時点で学部生7461人、大学院生1088人が学び、うち約3割は女子学生だ。学生数では教育学部が最も多い。
今回の「留年式」は、学生による自主的な試みだ。埼玉大学広報に取材すると「大学の公式行事ではないので、コメントは差し控えたい」とのことだったが、「卒業式をパロディーにして留年という『現実』を笑い飛ばそう」という学生のユニークな発想に、学長が柔軟に対応して「式辞」を寄せるあたり、埼玉大の自由な校風が想像できる。
こんな場面もあった。ミュージシャン・尾崎豊さんの代表曲「卒業」を替え歌にして合唱したのだ。実際の歌詞にある「ひとつだけ解(わか)ってたこと、この支配からの卒業」との部分を、
「ひとつだけ解ってたこと、今年4月からの留年。来年こそは卒業」
と変えて笑い合った。式の最後にも、大学の校歌をわざわざ短調のメロディーに直して全員で斉唱。本来なら力強く響き渡るであろうサビの「埼玉大学、埼玉大学わが母校」の部分の歌声が、何ともうら悲しく会場内に漂った。
式終了後、留年生のひとりは「卒業式で友人を見送った後、この会場に来ました」と話した。はかま姿の男子学生は「めでたく5年生に進級しました」とコメント。一方で別の学生は「やっぱり卒業はしたいです」と本音をのぞかせた。どの顔も落胆の様子はなく明るい表情だったが、来年の春は「卒業式」で笑顔を見せられるだろうか。