自転車に乗った高校生と車で衝突し、そのまま逃げたとして道路交通法違反(ひき逃げ)の罪で起訴されていた運転手の男性被告(46)に対して2012年3月21日、横浜地裁で無罪判決が言い渡された。「糖尿病による低血糖症で意識障害に陥っていた」なとどして、被告の責任能力を認めなかったためだ。ただ、同様の事故は過去にも発生しており、責任能力を認めて実刑判決が下されたケースもある。
事故後の職務質問に「後方で何かにぶつかった」
事件は、09年9月1日夜、被告が横浜市中区の路上で軽乗用車を運転中に路上駐車の車をよけたところ、正面から自転車で来た男子高校生(当時17)をはねて重傷を負わせたというもの。被告は事故後もフロントガラスが割れたままで車を走らせていたため、事故の約20分後に警察官から職務質問を受け、事故が発覚した。その時は、被告は「後方で何かにぶつかった」などと話していたという。高校生は事故から約20日後に死亡した。
糖尿病には、発症原因が不明な自己免疫性の「1型」と生活習慣の要因が大きい「2型」があり、被告は1998年に1型の糖尿病を発症。インスリンを自分で注射するなどしていた。運転歴は20年以上。
神奈川県警は、被告を自動車運転過失致死と道交法違反の二つの容疑で逮捕したが、前者については被告が「事故の記憶がない」などと否認を続けたため、横浜地検が嫌疑不十分で不起訴にしていた。つまり、今回の裁判では、事故自体の責任は問われておらず、事故後に高校生の救護をしなかったことが争点となっていた。
検察側は、事故の前後に赤信号で停車できていたことなどから「合理的判断が可能だった」として懲役1年を求刑。弁護側は、被告が事故以前にも「無自覚低血糖」で前兆なく意識障害になるケースがあったことを理由に責任能力を否定し、無罪を主張していた。
久我泰博裁判長は「糖尿病による低血糖症で、もうろう状態に陥っていた」として、医師による鑑定結果や弁護側の主張を採用する形で、被告に無罪を言い渡した。
10年5月には同ケースで懲役2年6月の実刑判決も
低血糖にともなう意識障害をめぐる責任能力が争われた裁判では、逆の結果が出たケースもあり、今回の無罪判決は異例だ。例えば、09年6月に道路端にいた無職男性(当時83)を車ではねて死亡させたとされるケースでは、男性被告は「事故を起こしたことを覚えていない」と主張していたが、東京地裁立川支部は「事故についてだけ記憶がないという供述は不自然」だとしてこれを退け、10年5月に懲役2年6月(求刑懲役5年)の実刑判決を言い渡している。
なお、02年の道交法施行令の改正で、無自覚性の低血糖症だと診断された人に対しては、都道府県の公安委員会は運転免許の交付や更新を拒否できるようになっている。だが、症状に該当するかどうかは自己申告制のため、制度が有効に機能するかどうかは不透明だ。
ただし、「糖尿病患者は、他の人と比べて有意に事故のリスクが高い」ということはならないようだ。1998年10月から99年11月にかけて、京都府立医科大学付属病院などの患者を対象に行われた「低血糖と交通事故の関連調査」(有効回答数: 1706)では、
「糖尿病やその治療が、事故率を上昇させる大きな因子とは判断できない」
と結論づけている。一方、この調査では、
「糖尿病治療による低血糖発作が、潜在的な交通事故の危険因子であることは否定できない」
とも指摘しており、予防策として(1)空腹時や、低血糖発作が起きやすい時間帯の運転や外出を避ける(2)砂糖などを携帯して低血糖の症状に注意する、といったことを挙げている。