「反原発」は間違いの姿勢変えず
アカデミズムとは距離を置いて在野の立場を貫いたのも特徴で、そうしたスタンスからか、長く全国紙に寄稿したり、取材を受けたりすることを良しとしなかった。99年に読売新聞が成功したが、当時、担当の鵜飼哲夫記者は、「これまで全国紙のインタビューは拒否してきた吉本氏に、現在の思想とその歩みを聞いた」と、わざわざ記している。
コピーライターの糸井重里さんとは親密で、東京糸井重里事務所から「吉本隆明 五十度の講演」というCD集を出している。これは吉本氏の講演から50回分を選んでCD115枚に収録したもので約115時間。「世界一長いオーディオブック」としてギネス世界記録に認定されている。
論争を繰り返したことでも知られ、特に50年代後半の、文芸評論家の花田清輝氏との激しい論争は「戦後文学史上もっとも重要な論争」とも言われる。
戦争が終わって価値観が根底から崩れた体験から、「世間で通用している考え」を信じることには常に懐疑的だった。以前から、反核・反原発には批判的だったが、2012年1月5・12号の「週刊新潮」では2時間のインタビューに応じ、事故後もその立場を変えないと明言、「反原発」は間違い、と断じていた。