2012年3月15日付け朝日新聞朝刊一面トップに「巨人、6選手に契約金36億円」の大見出しが躍った。サイド見出しで「球界申し合わせ超過」「97年~04年度、計27億円分」。
巨人を持つ読売新聞は当然のごとく同日付け朝刊で「ルール違反ではない」と反論。この騒ぎ、全国紙同士の戦いに発展するのか。
簡単には入手できない「内部資料」
その選手と金額は高橋由伸外野手(97年、6億5千万円)上原浩治投手(98年、5億円)二岡智宏内野手(98年、5億円)内海哲也投手(03年、2億5千万円)阿部慎之助捕手(00年、10億円)野間口貴彦投手(04年、7億円)。
選手が入団希望球団を指名する逆指名制度が導入されていた当時、新人選手の契約金は「最高標準額1億円」として、セ、パ12球団の申し合わせ事項となっていた。「標準額」というあいまいな表現がミソで、つまり「オープン価格」のこと。球団と選手の間で決める球界独特の暗黙の了解だった。俗っぽくいえば両者ともいい話であって困る人はいない。
朝日も記事の中で「違反」と書いていない。モラルの問題は残る、と言いたいのだろう。
朝日の狙いはなんなのだろう。まさか「プロ野球界を立て直す」などと思ってはいまい。現在、契約金については「最高1億円+出来高」となっているから、なんで今さら、との感がする。終わった話を蒸し返した、とだれもが思う。
「複数の関係者の証言と朝日新聞が入手した内部資料から明らかになった」と朝日は言う。ニュースソースのヒントは「(巨人の)内部資料」にある。契約金の資料はよほど内部に精通している人間にしか手にできない。朝日は今回、支払い方法などについて細かい数字も含めて紙面で明らかにしている。
そこで疑惑の人物として関係者の間でささやかれているのが前巨人球団の幹部だ。昨年、コーチ陣の人事をめぐってもめたことがあった。真偽はもちろん不明だが、その人物がからんでいるのではないか、との情報がまことしやかに流れている。朝日が報じた今回の問題は、この前幹部が要職に就く前の出来事。このことも、うわさをもっともらしくしている。その前幹部氏は巨人退団後、朝日との関係は良好といわれ、「敵の敵は味方」と見る向きもある。もし、そういうことなら、読売も穏やかではいられないだろう。
「アマの朝日」vs「プロの読売」の戦い
第三者から見ると、これは「朝読戦争」の勃発かもしれない。朝日がケンカを仕掛けたこの問題は今後、どんな展開になるのか。たとえば「出入り禁止」がある。読売は巨人戦取材で朝日にIDを出さない、朝日も毎日新聞と協力関係にある選抜高校野球のIDを出さないというふうに。
両者が本当に対立するならば、朝日はプロ野球の報道をしない、あるいは巨人戦だけは紙面に載せない、などの手段に出るべきである。読売は朝日の牙城である高校野球の甲子園大会を掲載しない対抗手段を取ればいい。両者の覚悟のほどが見たい。
明治末期、野球が大学生を中心に全国に広まったころ、東京朝日は「野球害毒論」をぶち上げたことがある。だが大阪朝日は、大正に入り、今の夏の甲子園の前身をスタートさせ、また読売は戦前からプロ野球に力を注いで発行部数を伸ばした。以来、「アマの朝日」「プロの読売」の構図は依然としてある。
このようなトラブルの元凶はプロ野球の「ええカッコしい」の姿勢にある。契約内容を明らかにし、堂々と「プロが高額の金を出して何が悪い」と言えばいい。それなのに世間体を気にして表向きは清純を装い、裏では金まみれなことをするから後で言い訳ができなくなる。
選手は提示された金額を見てサインをしただけである。契約金を分割して年俸に上乗せして支払う方法は「ぶっ込み」といって30年も前から行われている、と聞いている。朝日の野球担当記者も知っているだろうに。(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)