読売新聞グループ本社の会長で主筆の、ナベツネこと渡辺恒雄氏(85)が、月刊誌「文藝春秋」最新号でほえている。橋下徹大阪市長の発言に対し「ヒトラーを想起」と懸念を示し、朝日新聞の「脱原発」主張を「亡国の政策」と断じている。
一方、消費税増税に取り組んでいる野田佳彦首相は評価しており、首相に就任した日に2人が電話で交わした会話も紹介している。
見出しは「日本を蝕む大衆迎合政治」
文藝春秋(2012年4月号)は、「日本をギリシアにせぬために 大新聞『船中八策』競作」の企画で、渡辺氏のほか産経新聞、毎日新聞の計3紙の論説委員長らの政策提言を載せた。ギリシャ債権危機を受け、日本の取るべき経済・社会保障政策の話が中心だ。
渡辺氏の提言は8ページにわたり、見出しは「日本を蝕む大衆迎合政治」。政策提言にとどまらず、橋下市長や野田首相評にも話を広げ、朝日新聞の社論にもかみついている。
渡辺氏は、政治の現状について、「残念ながら衆愚制の段階にあるのでは」と懸念を示し、低支持率の野田内閣と対比する形で「今、国民の人気を集めている」橋下市長を取り上げた。
橋下市長が率いる大阪維新の会が3月10日、原案(レジュメ)を公表した次期衆院選向け政策集、「船中八策」(維新八策)については、賛否両論を述べている。「憲法改正の発議要件引き下げ」などは、「確かにいいことを言っている」。一方、教育改革などは「首を傾げたくなる部分が多い」としている。
しかし、渡辺氏が「橋下氏についてもっとも危惧する」のは、「次のような発言だ」として、朝日新聞に載った橋下市長インタビュー(2月12日付)の一節を引用した。
橋下氏「独裁なんてなりようがない」
「選挙では国民に大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任なんですよ」
渡辺氏は、この市長発言から「私が想起するのは、アドルフ・ヒトラーである」と述べ、第1次世界大戦敗戦後の閉塞感の中、ドイツで「忽然と登場」したヒトラーが、首相になると「全権委任法」を成立させ、「これがファシズムの元凶となった」と指摘した。
さらに、「『白紙委任』という言葉が失言でないのだとすれば」と断った上で、「これは非常に危険な兆候だと思う」と懸念し、「この点は、はっきりと彼に説明を請うべきだろう」とした。
ヒトラーを引き合いに橋下氏の「独裁」を心配する声は以前からある。
例えば府知事時代の橋下氏は2011年1月4日の会見で質問を受け、「ヒトラーのときの状況と(現在とは)全く違う」として、軍事力や立法権を「僕が持っているわけではない」ことや、メディアによるチェックが当時より厳しいことなどから、「独裁なんてなりようがない」と答えていた。
2012年3月12日夕現在、橋下市長のツイッターをみると、渡辺氏の提言記事に対する反応はみられない。
橋下市長以外の現在の政治家では、渡辺氏は消費増税に意欲をみせる野田首相に触れている。
自身の政治部記者時代の話として、鳩山一郎、池田勇人両元首相の勉強ぶりや「大衆に本当のことを伝えようとする」姿勢に触れつつ、「今の政治家で、傾聴すべきことを言う人はいなくなった」と嘆いた。小さな選挙区で過半数を得る必要がある「小選挙区制度によって(日本の国会議員は)完全に堕落した」とみている。
朝日新聞の「脱原発」に対し、「亡国の経済政策」
しかし、野田首相については、「地味ではあるがポピュリズムに踊らされず、ブレない点は評価できる」と持ち上げている。
「消費税はヨーロッパ並に20%前後まで上げなければ、財政は持たないというのが私の持論」という渡辺氏は、野田首相の消費増税に対する姿勢を買っている。
2011年8月の民主党代表選直前、野田氏が文藝春秋で発表した原発再稼働へ取り組むことなどを盛り込んだ論文についても、「貴重な論文だ」とほめており、当時、その旨を伝えていたそうだ。すると、総理に就任した日に野田氏から電話がかかってきた。野田氏は、論文に書いたことは「必ず実行しますから」と話したという。そこで渡辺氏は、
「『それなら、僕はあんたを支持するよ』と伝えたものだ」
野田氏が論文で触れた「原発再稼働」については、読売新聞は「再稼働を訴え続けている」。一方、朝日新聞は「高らかに『脱原発』を謳い上げ」ているとして、「これは亡国の経済政策である」と批判している。
太陽熱などの再生可能エネルギーを徐々に増やそうという発想では、「何らかの理由でエネルギーの供給が止まれば、その瞬間、日本は滅びる」との危機感を持っているからだ。
「実現できそうもない夢物語を語る」ことが、「パンとサーカスの政治」に力を貸すことになるのではないか、と疑問を投げかけ、「私はそれを憂うのである」と結んでいる。朝日新聞の報道姿勢を念頭に置いているようだ。