東京都の猪瀬直樹副知事が、中部電力(本社・名古屋市)に電力の購入を打診した問題は、中部電側が「(電力不足が懸念される)関西電力や九州電力などへの電力融通を優先したい」と断り、打診から1週間の早期で決着した。
だが、副知事からの政治的な要請に対し、社内には当初、困惑が広がった。東電批判を逆手に取った政治的な動きに相乗りして電力の供給先を広げれば、管轄区域を相互に尊重してきた9電力会社の「地域独占」に風穴が開き、さらなる電力自由化論が勢いづきかねないと危惧したのだ。
電力村の秩序を優先
電力会社の供給エリアを越えた電力販売は、2000年3月以降、一定規模の大口事業者に限って自由化された。
しかし、電力会社間の競争は進んでいない。全国の9電力会社が他社の管内に電力供給したのは、九電が2007年、中国電力のエリアにある広島市の大手スーパー、イオンの店舗と契約を結んだ1例だけだ。
愛知、岐阜、三重、静岡、長野の5県を供給エリアとする中部電には、苦い経験がある。電力自由化直後の2002年ごろ、最大顧客であるトヨタ自動車に対して、関電が中部電より割安な電気料金を提示して供給を打診してきたのだ。
原発の比率が低い中部電の電気料金は他社より高く、中部圏に拠点を置く企業には不満がある。関電によるトヨタへの接触を知った中部電は、トヨタとの契約料金を引き下げて面目を保った。電力会社同士の競争が本格化すれば、価格破壊につながる恐れがあるという警戒感は各社共通だけに、今回の東京都の打診を断った中部電にとって、「自ら『電力村』の秩序を壊す選択肢はない」ということなのだ。
供給面の不安を理由に断る
だが、社内には、経済産業省などが旗を振る電力自由化の流れに後ろ向きと受け取られるのも得策でないとの意見もあった。特に枝野幸男経産相は電力の地域独占体制などを見直す意向とされるだけになおさらだ。
そこで落ち着いたのが、供給面の制約を理由に断ることだった。
中部電は昨年5月、当時の管直人首相の要請を受けて浜岡原発を停止した。しかし、火力発電所の増設などを急ピッチで進め、昨年末からは定期検査で原発停止が相次いだ関電や九電に対して「応援融通」している。管内の火力発電所がトラブルに見舞われれば一転して供給不足に陥る懸念が高まるのは中部電も同じだ。
東電が値上げを表明して以降、中部電には東京都以外にも民間企業など約10社から電力購入の打診があったといい、「1企業、1機関ごとの要請には応じていられない」のが実態なのだ。
猪瀬副知事との会談で「電力の需給バランスが安定したら、都が選択できるような提案ができればと思う」と「大人の対応」を見せた中部電。猪瀬副知事も「今回は無理だが、将来の可能性はあるということを確認した」と述べ、一段落した。これを第1ラウンドと考えれば、「引き分け」というところか。