ロンドン五輪の男子マラソン代表の選考に関わる大会で、相次いで本命選手が脱落した。その大きな原因とされているのがスポーツドリンクの存在だ。給水のミスがレースを左右したというのである。
びわ湖毎日マラソン(2012年3月4日)で五輪の有力候補だった堀端宏行(旭化成)は後半に失速して11位。日本選手トップは一般参加の山本亮というハプニングレースとなった。世界選手権7位の堀端はなぜ惨敗したのか。
マラソン選手にとっての「神の水」、その中身は?
「足がつってしまった・・・」
レース後、医務室から病院へ運ばれた堀端の敗戦の弁である。
しかし、宗猛監督はもっと具体的だった。
「給水がうまくいかなかった」
先の東京マラソンでも、期待されながら散々な出来だった川内優輝もこう言っていた。
「給水がうまくいかなくて・・・」
昨年の福岡国際マラソンで日本選手トップだった川内は、ショックのあまり頭を坊主にしてしまった。「五輪」にかけたらしく「5厘」カットだった。
給水、つまりスポーツドリンクの摂取のことである。マラソン選手は必ず自分専用のドリンクを給水所に置く。この「マイ・ドリンク」は選手によって栄養分が異なるから、長丁場に挑む選手にとっては「命の水」「神の水」といっていい。
川内は東京マラソンで何度も給水に失敗した。
この失敗で何が起こるのか。発汗で塩分が消失する脱水症状「低ナトリウム症」を起こす。そして、疲労・けいれん・失神・熱射病という熱中症になる。対処法としては、冷却することが必要なのだが、のどの渇きを感じてから補給しても遅い。絶えず給水しておくことが大事だ、と専門家は口を揃える。
怖い脱水症状の原因は、まず急激な気温上昇がある。前日との気温変化も影響するという。また、多湿でも起こる。気温が低くても多湿のときは要注意だ。
マラソン選手は、自分の体質、体調を考慮してマイ・ドリンクをつくる。アミノ酸、クエン酸、果糖などの養分だ。それをミネラルウォーターで薄め、5℃から15℃の常温としておく。足のけいれんを起こす可能性がある場合は、ミネラルウォーターを多めにするのだという。塩気を感じさせるスープや味噌汁なども成分として効果がある。
給水に失敗すると、後半にダメージが来る可能性が強い。走っている選手自身がそのことを承知している。だから精神的にも動揺する。川内も堀端も取りそこねた瞬間、テレビの中継画面から、「しまった」という表情が読み取れた。
「水だけの取り過ぎ」も怖い
スポーツドリンクの歴史は米国から始まったといわれる。1960年代にフロリダ大学で研究され、数年後に製品化された。日本では1980年代に入って大手飲料水メーカーが売り出した。今では老若男女だれでもスポーツのとき、散歩のときまで持ち歩いている。
ただ、市販のドリンクはマラソンのような過酷なスポーツには効果が薄いそうで、そのこともマイ・ドリンクにつながっている。スポーツをする際、注意しなくてはならないのは「水だけの取り過ぎ」。汗とともに塩分が排出されるのに、水分が増えるので低ナトリウム症につながる。
42.195kmを完走するには、まさしく化学的要素が正しく理解されないと困難、ということが分かる。「水を飲むのは気合いが足りないからだ」としつけられた昔のスポーツ選手には隔世の感があるだろう。
正月の風物詩である大学生による箱根駅伝でも、脱水症状がよく起こり、選手が棄権している。今年もある失神状態の選手が最後まで走らされ健康管理問題となった。マスコミはそのハプニングをドラマチックに報道するが、実際は命に関わる事態なのである。
スペースシャトルで尿からスポーツドリンクをつくる実験が行われた。そう、スポーツドリンクは「人類の課題」でもあるのだ。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)