「怒鳴る菅首相」は結局、原発事故対応の邪魔になったのか、それとも「奮起を促した」のか――
福島第1原発事故の「民間事故調」報告書は、「菅首相の個性」が、「混乱や摩擦の原因ともなったとの見方もある」と厳しく指摘した。一方で、その言動が東京電力側に「覚悟を迫った」と評価した点もある。
「関係者を萎縮させるなど負の面があった」
福島第1原発事故の独立検証委員会(民間事故調、委員長・北沢宏一前科学技術振興機構理事長)は2012年2月27日、報告書をまとめた。11年3月の事故発生当時、首相だった菅直人氏ら300人以上から科学者らがヒアリングした。
当時、「イラ菅」の通称もある菅氏が事故対応の様々な局面で「怒鳴っていた」との指摘は、早い段階から、報道ばかりでなく、池田元久経済産業副大臣(当時)の手記などで広く知られている。
今回の報告書では、東電幹部に「そんな言い訳を聞くために来たんじゃない」と迫ったエピソードなどを紹介し、「関係者を萎縮させるなど心理的抑制効果という負の面があった」と指摘した。
怒鳴る場面だけではない。事故現場でバッテリーが必要と判明した際、菅氏が自分で携帯電話を通じて担当者と話し、必要なバッテリーは「縦横何メートル?」などと質問し、やりとりを続けた。その現場にいた関係者は「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」と証言したという。周囲の官僚らに不信を抱く菅氏の「イラ菅」ぶりが伝わってくる逸話だ。
報告書は、菅氏の対応について、「政府トップが現場対応に介入することに伴うリスクについては、重い教訓として共有されるべきだ」と特記した。
一方、報告書が菅氏を評価している点もある。これまでに何度も議論を呼んだ、「東電による全面撤退申し出」説に関連する「菅首相による東電本店乗り込み」案件もそのひとつだ。
菅氏は、2011年8月に出た「週刊朝日」インタビューでも、11年3月15日に東電から「現場撤退」の報告が来たとして、「本社に乗り込み、『撤退なんかあり得ない!』と語気を強めて言った」と話している。
「結果的に東電に強い覚悟を迫った」
「乗り込み」案件については、当時から「現場の士気を削いだ」という批判と、「怒鳴ったお陰で東電が踏みとどまった」「よく言った」とする称賛の声がネット上などで指摘されていた。
報告書では、「乗り込み」案件に関連して、「結果的に東電に強い覚悟を迫った」と、菅氏の行動を評価した。
東電側は以前から、「全面撤退ではなく一部撤退の要請」と反論している。しかし報告書では、当時の清水正孝社長が未明に何度も政権幹部らに電話している点から推定し、全面撤退を求めていたのだとみている。菅氏らの主張に沿う形だ。
また、報告書はいわゆる「ベント」問題にも触れている。2011年3月12日未明、菅氏は福島第1原発へ向かうヘリの中で、水素爆発の可能性について原子力安全委の斑目春樹委員長に質問した。答えは「爆発はしない」だった。現地についた菅氏は、ガスを放出する「ベント」の早期実施を東電側に強く求めた。
しかしその午後、1号機原子炉建屋が水素爆発した。「爆発しないって言ったじゃないですか」と驚く菅氏に対し、斑目氏は「あー」と頭を抱えた。
報告書では、官邸の決定や菅氏の要請について「ベントの早期実現に役立ったと認められる点はなかった」としている。
報告書の内容を報じる2012年2月28日付の各紙の朝刊には、「菅首相介入で混乱拡大」(読売新聞)、「菅氏の『人災』明らか」(産経新聞)といった見出し(東京最終版)も並んだ。
一方、朝日新聞の見出しは「東電 組織的な怠慢」などで、菅氏による介入には、記事でも焦点を当てていない。読売新聞の別記事では、「菅氏の個性 正負両面に」という見出しだった。