橋下市長「一緒になれない」発言がショック
河村市長は2月3日夕、退庁した足で新幹線に飛び乗り、大阪へ向かった。橋下市長との会談を自ら申し入れたのだ。橋下市長は1月末、河村市長との連携の可能性を問われ「減税の旗を降ろすか、何かの調整がないと一緒になれない」と断言している。
河村市長にとっては11年秋の大阪市長選で応援演説にまでかけつけた橋下市長の批判が自らに向けられたショックは大きかった。河村市長は「減税か増税かは社会全体のシステムをつくってから考える。(連携は)5月までに結論を出す」と説明した。協力の可能性を残すため、「名古屋では住民税10%、国政では即座に消費税1%引き下げる」と主張してきた自説を当面、封印する姿勢を見せたのだ。
大村知事は会見などで「河村さんとの協力関係は変わらない」と繰り返し発言しており、その後も河村市長に電話で「あなたは4番打者。選挙になれば、力を発揮する場面が必ずくるから誤解しないでほしい」と理解を求めているという。
河村市長は大村知事の「東海大志塾」に対抗して自らが主催する政治塾を開設することを表明した。次期衆院選では名古屋市内を中心に自ら代表を務める「減税日本」から独自候補を擁立する考えで、政治塾は事実上、候補発掘の場となる。やはり衆院選への候補擁立を目指す大村知事との候補者調整が、2人の関係を測る決定的なリトマス紙になりそうだ。