トレーディングカードゲームで急成長しているブシロードグループパブリッシングが新日本プロレスの全株式を2012年1月31日に取得した。木谷高明社長(51)は大のプロレスファンとして知られ、昨年は自社でプロレス興行を行ったほどだ。
「K-1」や「プライド」などに押され影が薄くなったとされるプロレスだが、「このまま放っておくとプロレスも格闘技もジリ貧だ」と経営に乗り出した木谷社長。現在の年商11億円を3~4年後には30億円にするとの目標を掲げたが、果たしてうまくいくのだろうか。
プロレスも総合格闘技も消滅してしまう危機感
木谷社長が、新日の親会社であるゲームソフトメーカー・ユークスの谷口行規社長に「新日本プロレスを任せてくれないか」と打診したのは昨年の8月。今年1月に5億円で譲渡が決まった。ただし山一證券社員から経営者に転じてからも、大好きなプロレスの経営者になるとは夢にも思わなかったと言う。
ブシロードは格闘技などスポーツ番組のスポンサーを多く手がけてきた。それはトレーディングカードゲーム自体が一種の格闘であり、CM効果が期待できると考えたためだ。昨年は新日本プロレス「G1クライマックス」の冠スポンサーにもなっている。そこで感じたことは、あれだけ隆盛を極めたプロレスのキー局地上波放送は深夜の新日だけ。「K-1」や総合格闘技の放送もほとんどなくなってしまった。
「このままではプロレスも総合格闘技もなくなってしまう、という危機感と、一方で、現在プロレスがおかれている状況は最大のチャンスであり以前の輝きを取り戻せる。できるならば是非やりたい、そういう気持ちに変わったんです」
と木谷社長は打ち明ける。
木谷社長が見た新日本プロレスは、年商がここ数年11億円と横ばいだが、黒字化するなど経営がしっかりしていて、コアなファンを多く取り込んでいる。スター選手が沢山いて、伸び盛りの選手も多く抱えている、ということだった。
「足りないのはメディアへの露出だったんです。露出を増やすことでプロレスに興味のない方々にも広く知ってもらう。するとドンと波が来る、それが予想できる状態にあります。まずは露出なんです」
そう木谷社長は力説する。これからは新日の選手を自社のトレーディングカードに多数登場させるほか、DVD、書籍などメディアミックスで売り出していくという。
「選手を知ってもらえれば試合の入場客も自然と増えていく。もちろん、興行も今まで以上の工夫を凝らし、進化させていく」
と自信満々だ。
新日本プロレスは逆境の中で多くを学んだ
プロレスといえばここ20年、「K-1」や総合格闘技の陰に隠れてしまい、一般の人にとってはかつての隆盛が信じられない存在のようだが、実は状況が変化しているのだという。「村田晴郎&鈴木健.txtウェブラジオ『DX-R』」でパーソナリティーを勤めている元・週刊プロレス編集次長で現在はフリー編集ライターとプロレス中継コメンテーターの鈴木健さんは
「世間一般に届いていないだけで、選手の能力、試合のクオリティー、企業努力、そしてファンの思い入れの深さと、いずれも高くなっているんです」
と解説する。ただし、それは現在の話であり、「K-1」などが登場して以降は暗い時代が続いた、とも。
90年代に起きた格闘技ブームはプロレスも巻き込み、「プロレス最強」を謳ったプロレスラーが格闘技選手と次々と戦っては敗れてしまった。そのため「強さ」を絶対的価値観として打ち出せなくなってしまった。新日本はブームの影響を受け格闘技色の強い試合をするようになったのだが、これらのことが本来のプロレスらしいプロレスからかけ離れてしまい、ファンを手放してしまう結果になったのだという。
また、プロレス団体の乱立が起こったのも業界を脆弱化させた。デスマッチやイケメンレスラーが登場する団体などファンの多様化を受け止めるはずだったのだが、情報が過多になりすぎ、観戦に行く機会が減ることになった、という。
「ただし、これを教訓として、新日本はプロレス団体として本当にやるべきことを学び、どんなにドン底の状態で苦しんでも、奇をてらうことなく地道に時間をかけて盛り返してきました」
と鈴木さんは説明する。つまり「いい状態」になってきているというのだ。
プロレスは力道山時代から大衆娯楽として日本国民の中で根づいているため足場は強い、と力説する。今後についてはやはり「プロレスらしいプロレス」の追求であり、スター選手を輩出するのが不可欠としている。幸いにも新日では棚橋弘至選手という誰もが実力を認めるスターが育ってきた。またDDTの飯伏幸太選手といった可能性を秘めた選手もいる。そして、このプロレスのすばらしさを少しでも多くの人に発信してもらいたい、と鈴木さんはブシロードの木谷社長に期待している。