6000万ドル、6年――。ダルビッシュ有がテキサス・レンジャーズと契約合意した。交渉期限が切れるぎりぎりの1月18日のことで、松阪大輔(レッドソックス)を上回る内容となった。莫大な入札金が入る日本ハムも大喜びである。
ダルビッシュの評価は想像以上に高かった。同じく大リーグを目指した日本人野手が安く見積もられただけになおさら感じる。
「若い投手のなかで最も能力のある投手だ」
こう語るのはレンジャーズのオーナー、ノーラン・ライアン氏。現役時代はノーヒットノーランを7度記録した大投手の言葉は大きく、その通りの契約金額となった。ダルビッシュの契約は日本円にして約46億6000万円。入札金と合わせてレンジャーズは1億1200万ドル(86億円)を投じたことになる。ちなみに、ドル建てでは松阪を上回ったが、円に直すと円高のため下回る。
この高額契約、実はレンジャースにはそうせざるを得ない事情があった。2年連続ワールドシリーズで敗れたうえ、このオフにはエースのC.J.ウィルソン(16勝)がエンゼルスに移籍。悲願のワールドチャンピオンになるのに大きな穴が空いた。他チームのエースクラスを獲得できる見通しがも立っていない状況だった。
高額年俸に隠れる「がんじがらめ」の契約
大リーグの契約は日本のプロ野球界では想像もできないくらい複雑である。つまりダルビッシュが1年1000万ドルをもらえるということではない。数多くのオプションが付属していて、それをすべてクリアした場合に満額を手にすることになる。たとえば登板数、投球イニング、タイトル獲得、ワールドシリーズ出場などの条件などだ。
破格の契約は、がんじがらめに縛られる内容を意味する。トレーニングの禁止項目も記されているだろう。公私の自由はない、といえるかもしれない。それが大リーグのスターの契約だ。また契約の金額を6年間ですべてをもらったとしたら税金が大変だろうし、代理人にかなり支払わなくてはならない。
ホクホクなのは日本ハムである。入札金5170万ドル(40億円)を手中に収めることになったからだ。松阪のときには西武が60億円を懐に入れた。予想を超える高額代金に球団がびっくりしたくらいで、それは日本ハムも同じだろう。
現在、日本の球団は決して経営が順調ではない。とりわけテレビ中継の激減が大きい。一方で選手の年俸は上がるばかり。西武もそうだったが、日本ハムはダルビッシュを売ったおかげで今年の球団経費をまかなうことができるはずである。
10勝を超えるための壁は「変化球」と「登板間隔」
ダルビッシュへの期待はとてつもなく大きい。レンジャーズは命運をかけたといっていいほどである。「少なくとも15勝」との声が起きるのは当然だろう。開幕投手は十分ありうる。それは「今年のレンジャーズはダルビッシュが軸」をファンに伝えるメッセージとなるのだ。
関心はダルビッシュがどこまで活躍するかにある。「通用する」のはだれもが認めるし、異論はないだろう。10勝はかなり可能性がある。
あと5勝の上積みはどうか。この点で気になるのは、ダルビッシュは「意外と変化球が多い」ことで、これは何人かの評論家が指摘する。変化球は速球より怖さがないから慣れると抑えられなくなる、という示唆だ。
それと登板間隔が中4日になった場合の調整。日本では中5日が普通だった。1日短縮された場合、シーズンが深まると疲労の恐れがある。このローテーションには松阪も悩んだ。
ダルビッシュに大活躍をしてほしいと願う日本のファンも多いだろうが、一方で日本のプロ野球の沈滞を心配する。楽天のエース田中将大との投げ合い、西武のホームランバッター中村剛也との対決などが見られない。「入場料を余分に払っても見たい選手」がまた一人いなくなった。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)