オランダの研究者が、遺伝子操作によりこれまでより強力な鳥インフルエンザウイルスを生成した。従来はヒトへの感染力が高くないが、「新種」は空気感染も引き起こすという。
実験とはいえ、「生物テロ」にも悪用されかねない危険なウイルスだ。この研究者には、「なぜわざわざ危ないウイルスを生みだしたのか」と非難が集まっている。
フェレット同士での実験10回繰り返す
厚生労働省によると、ヒトが鳥インフルエンザに感染するのは、ウイルスに侵された鳥やその死骸、内臓、排せつ物などに「濃厚接触」する場合に限られるという。ヒトからヒトへの感染に至っては、極めてまれだ。海外で事例はあるが、それも感染した患者の介護のため長時間にわたって接触していた人にうつった、というケースだけだとしている。
一方で厚労省は、ウイルスが「遺伝子の変異によってヒトからヒトへと効率よく感染する能力を獲得した場合…急速かつ大規模な流行を引き起こす恐れがある」と警戒する。
その変異種の存在が、2011年9月11~14日に欧州・マルタで開かれた「インフルエンザ学会」で明らかにされた。学会報告書によると、発表者はオランダのエラスムス医療センターに勤務するロン・フォーチア博士で、インフルエンザウイルスの「H5N1」の研究に携わっている。
研究チームとの実験で、最初にウイルスの遺伝子を操作した5つの変異種をつくり出し、フェレットに感染させた。数日後、感染したフェレットの鼻を拭いて別のフェレットにウイルスを移す。この作業を10回繰り返したという。するとウイルスの感染能力が強化され、フェレットにウイルスを直接付着させなくても、最終的には4匹中3匹のフェレットが空気感染するまでになった。フォーチア博士は学会で「ばかばかしい実験」と呼んだが、とんでもないウイルスが誕生した格好だ。
現状ではヒトへの感染力が低い鳥インフルエンザだが、罹患すれば重い症状を引き起こし、致死性も高い。厚労省がまとめたこれまでの世界におけるH5N1ウイルスによる発症例を見ると、インドネシアでは発症者182人のうち150人が死亡、ベトナムでは119人中59人が亡くなっているほどだ。
「研究報告書を焼き捨ててしまえ」
実験で生まれた新種のウイルスがヒトに感染する、またはヒト同士で流行するという点は証明されていないようだ。だがフェレットという動物は、一般的な「季節性インフルエンザ」の感染を調べる実験で用いられることが多い。フォーチア博士は米科学メディアに、「フェレット間でうつるインフルエンザは、ヒトにも同じことが起きうる」と話している。万一、この恐ろしいウイルスが実験室から漏れ出せば、空気中に漂っているだけでも感染することから、あっという間に大流行することも考えられる。
フォーチア博士が変異ウイルスをつくりだしたことに、非難の声も上がっている。ツイッターを見ると博士に向けて、
「愚か者。悪人の手に渡る前に彼の研究報告書を焼き捨ててしまえ」
「何をバカなことやっているんだ」
「お前のことを殴ってやりたい」
と辛らつな投稿が並ぶ。米メディア「NPR」(電子版)は、生物兵器によるテロを研究するバイオセキュリティーの専門家が「致死性のウイルスを、感染しやすい性質に変えてしまうというのは、科学者にとって好ましくない考え方だ」と、暗にフォーチア博士を批判したコメントを引用した。
これに対して、米ミネソタ大学感染症研究センターのマイケル・オステルホルム所長は、フォーチア博士の実験を「大変重要だ」と評価する。H5N1ウイルスが大流行する可能性を軽視する専門家にむけて再考を促すきっかけとなる効果があるというのだ。