紙、パソコン、スマホのどれでもニュースを手元に届ける
08年度にニューヨーク・タイムズは4千万ドル以上の赤字を出し、一時は「身売り」の噂までが流れた。ワシントン・ポストも60年代以来初めて 赤字に転落した。両紙ともリストラなどで贅肉を落とし、10年度までには黒字経営に戻ったが、その前途は不安に満ちている。つまり現状維持では読者の高齢化とともにジリ貧になるので、メディアを成長産業として復活させる戦略が問われているわけだ。この問いに対し両紙は極めて対照的なアプローチを選択した。
米国の新聞はどこも前途に暗雲が垂れ込めている。その中でニューヨーク・タイムズは野心的な戦略を発動中だ。紙、インターネット、携帯電話、携帯端末などの複数の媒体(メディア)を活用してオリジナル情報を発信することだ。
印刷版かネットかという二者択一のアプローチではなく、紙、パソコン、スマホのどれでも、お好みのメディアでニュースを手元に届けることを目標にしている。いわゆる「プラットフォーム・アグノスチズム」(どのプラットフォームにも使えるアプリケーション)である。
朝食時に新聞に目を通し、出勤途中ではスマホで速報をチェックし、仕事場のパソコンで過去記事などの検索をするというように、媒体を使い分ける現代人のニーズに応えようとする戦略である。もちろんフェイスブックやツイッターなどを使って読者との双方通行のルート作りにも熱心だ。
ニューヨーク・タイムズは、このプラットフォーム・アグノスチズムに同社の将来を賭けている。以前はマルチメディアにも触手を伸ばし、テレビ局 やラジオ局を買収して傘下に収めるビジネスモデルを追求した時代もあったが、現在では情報のデジタル化への対応としてプラットフォーム・アグノスチズムを 経営方針の大黒柱にし、本業以外の分野からは撤退した。デジタル時代の報道機関として君臨することがニューヨーク・タイムズの野心なのだ。
(在米ジャーナリスト 石川 幸憲)