11月(2011年)のAPEC首脳会議という期限がせまって、ようやくTPP(環太平洋経済連携協定)に関する政府・与党内の議論がスタートした。
貿易サービス自由化というのは古くからある命題だ。あくまで、日本の国益のために、自由化が望ましい。貿易自由化が望ましいとのロジックは経済学の中でも200年程度の長い歴史で実証されているものなので、世界共有財産ともいえる英知である。
試算ではマイナス8兆円、プラス11兆円
もちろん貿易自由化によってマイナスはあるがプラスのほうが長期的に多いことがわかっている。具体的にいえば、内閣府試算などによれば、TPPでマイナス8兆円あるが、プラス11兆円以上である。マイナスは農業などの国内生産者、プラスは国内消費者と国内の輸出者になる。
前提条件などによって多少の誤差があるが、それでもマイナスよりプラスが多いという結論はほぼ変わらない。いつも意見が一致しないと揶揄される経済学者でも、貿易自由化が結果としてメリットになる点では意見が一致している。
貿易自由化のプラス部分をマイナスに再分配していかに調整するかは政治家の仕事である。そうすれば、国内の誰も損しない状況を作ることができる。TPPに反対する政治家は、本来の仕事を放棄しているといっていい。
こうした歴史に耐えた原理原則から見ると、巷にあふれるTPP反対論には間違いが少なくない。
TPPに入ると、日本の農業が壊滅するとの暴論がある。しかし、「市場を海外に開くと農業が壊滅する」という主張は正しくない。これは、アメリカンチェリーの輸入自由化の事例を見れば明らかだ。
当時、「そんなことをしたら、国産サクランボが壊滅する」という反対論があったが、現実には、国産サクランボは「高級品への転換」で差別化し、自由化以降に生産額は大幅拡大した(国産サクランボの生産額は、1977年から2005年で約1.5倍に大幅増加)。同じ頃、自由化を避けてひたすら守りに入った者(コメ)は瀕死状態になり、自由化して競争の中で自らの強みを伸ばした者(サクランボ)は成長をとげた現実をどのように理解すべきか。
円高ではメリット少なく、政府は円安誘導を
TPPは例外なき関税撤廃であり逃げ道はないとの極論もある。
どんな国際交渉でも例外はある。従来のTPP(4か国参加)でも1%程度の例外品目があった。また、即時撤廃というわけでもなく、段階的撤廃が可能であるし、チリの乳製品、NZの繊維、履物等の10年超の長期的自由化も認められている。
いったん交渉に入ったら参加せざるを得なくなるとの反対論もある。
どのような国際協定や国際枠組みでも、最初から内容が確定していることなどなく、交渉によって内容が確定する。交渉に入ったが参加しない例などいくらでもあるし、いったん交渉妥結したが国内で議会の承認が得られずに参加しない場合もいくらでもある。
いずれにしても、TPPに関する反対論は、古今東西で見られた陳腐なもので対応策もいろいろあるが、一方で重要な情報を国民にもたらしてくれる。それは、誰が既得権者であるか、はっきりわかる。いかにも、国民のためといいながら、その主張を丹念に読めば、既得権者であってその既得権を失いたくないだけなのがわかる。これは貴重な情報なので、我々はしっかり監視する必要がある。
なお、一つ留意すべきことをいえば、円高のままではTPPのメリットが少なくなり調整が困難になりがちだ。政府は円安にしてTPPのメリットを最大にしなければならない。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2005年から総務大臣補佐官、06年からは内閣参事官(総理補佐官補)も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「財投改革の経済学」(東洋経済新報社)、「さらば財務省!」(講談社)など。