小宮山洋子・厚労相が就任早々2011年9月5日の記者会見で、「タバコ1箱700円に」とたばこ税増税をぶち上げた。小宮山厚労相は超党派の禁煙推進議員連盟の元事務局長。一方、愛煙家の野田佳彦首相は財務相当時、タバコ増税について「おやじ狩りみたいなもの」と否定したことがある。
ここで、すぐに閣内不一致とステレオタイプに批判するのでは、タバコ問題の本質をはずす。タバコ税は10年10月に、1本当たり3.5円引き上げられたばかりなので、タバコ税の決着は、とりあえず1年間は様子を見るということで、先送りになる可能性が高い。このあたりは小宮山厚労相も知っているはずだ。
欧米で厳しいタバコへの視線
タバコ問題の本質は何かというと、日本たばこ産業株式会社(JT)の株を売却するかどうかだ。日本たばこ産業株式会社法で、政府はJTの株式の過半数を持たなければいけないとされている。もっとも、国民の健康被害を考慮すると、タバコ会社の株式を政府が持つというのは欧米の感覚ではかなり異常だ。
6月14日の英フィナンシャルタイムズでは、福島第1原発の事故による放射能汚染が深刻化する中で、発がん性の点では放射能と同様に危険なタバコで政府はJTから配当金300億円をもらうなどして儲けていると報道され、皮肉られている。
タバコの話といえば、アル・パチーノとラッセル・クロウが出演した映画「インサイダー」が思い出される。タバコ会社がニコチンに中毒性はないと主張してきたが、実は内部研究では中毒性を把握していたことが1995年に暴露された事件を映画にしたものだ。
これでわかるように、欧米では以前からタバコの発がん性が問題にされている。タバコの箱には「喫煙でがんになる恐れ」といった警告文を大きく掲載し、厳しい見方をしている。欧米先進国を旅行した人ならば、間接喫煙を含むたばこの健康被害はよく認識されていて、タバコの喫煙場所の制限や高額課税はよく知られていることだ。
アメリカは例外的にタバコ税が安いが、その分公共の場所等での禁煙が徹底している。ヨーロッパでタバコ税はかなり高い。タバコの社会損失は超過医療費等で5兆円ともいわれており、厚労省は、税収増でなく健康確保の観点からタバコ価格・タバコ税の引上げによって喫煙率の低下を目指している。
JT株の売却と「財務省支配」脱却
ここで障害になるのが、JT株式を財務省が保有していることとタバコ産業の所管が財務省であることだ。世界の流れは財務省に不利であるが、株主かつタバコ業を所管する財務省にとってJTは有力な天下り先なので防戦に必死だ。今でもJT役員に、涌井洋治会長、武田宗高副社長、立石久雄監査役と3名も天下りしている。
政府が保有するJT株の時価総額は1.7兆円。復興財源との関係でも、売却代金を復興財源とする考え方もでている。
財務省はJT株を売却されタバコ業の所管でなくなると天下りができなくなる。そうなると困る財務省が早速動き出した。財務省出身の秘書官などを使って、官房長官や蓮舫行革大臣から小宮山厚労相批判がでてきた。財務省は、総理の他にも、官房長官、行革担当相へも秘書官を派遣しているので、財務省ネットワークが動き出したことがわかるのだ。
ただ、面白いのはJTがこの機会に政府株の完全売却を目論み財務省支配から脱しようとしていることだ。
小宮山厚労相のタバコ発言の裏で、JT株の売却という復興財源話と平行して、タバコ産業の所管を巡る財務省と厚労省の争い、財務省から天下り支配を脱しようとするJTが動いている。下手な小説よりはるかに面白い。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2005年から総務大臣補佐官、06年からは内閣参事官(総理補佐官補)も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「財投改革の経済学」(東洋経済新報社)、「さらば財務省!」(講談社)など。