メダル獲得でスポンサーに恩返し 世界陸上で大活躍のボルト

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   まるで「ボルトの大会」だった。2011年の世界陸上、テグ大会(韓国)。フライング失格をしたかと思うと、世界新記録で締めくくり、話題を独り占めにした。

   ジャマイカのウサイン・ボルトは明るいキャラクターで人気を集めたが、その裏には母国の深刻な事情を背負っていた……。

自らで始まった「デイリープログラム」の呪いを打ち払う

   世界新を記録するだろう、とボルトへの期待は大きかった。最初のレースは100メートル。予選、準決勝を順調に勝ち抜いた。ところが決勝で派手なフライング。今回から「フライングは1回で失格」というルールの適用で退場した。

   「なんてことだ」と自分を責め「こんな簡単なレースなのに……」と悔やんだ。金メダルは確実だったのだが、自身の持つ世界記録を更新しようという焦りが予期せぬ事態を招いたといっていい。

   この大スターの失格によって、意外なエピソードが生まれた。「デイリープログラムの呪い」である。大会中、その日の競技予定の冊子が配られる。その表紙には注目の選手の写真が載るのだが、ボルトの「世紀のミス」によって、「表紙の選手は金メダルを取れない」との話が広まった。女子棒高跳びのイシンバエワもその一人で、ほかにも有力選手が次々と優勝を逃した。

   「新ルールは関係ない。自分のドジだ」とボルトは競技翌日になって報道陣の質問に答えた。

   この切り替えの早さは200メートルの優勝で証明した。ただし、このときのスタートは慎重で、世界新記録には届かなかった。そして再びプログラムの表紙を飾った最終日、華の種目、4×100メートルリレーでジャマイカのアンカーを務め、圧勝で世界新を出した。因縁の100メートルを雪辱し、囁かれた「呪い」も打ち払ったのである。

結果とパフォーマンスで母国の競技環境改善を望む

   今大会、ボルトほどスタンドのファンを喜ばせた選手はいなかった。とりわけ子供ファンには様々な仕草をして見せた。取り囲んだ大勢のカメラマンに対してもパフォーマンスを演じてサービスをした。まさに「大会独り占め」の感があった。

   ボルトのそんな姿を見た取材記者の一人は言う。「彼はジャマイカを世界に知らせたかったのだろう。恵まれない環境の中で走ってきたからね」と。

   ジャマイカは決して豊かではなく、陸上競技に国の支援はあまりない。有望な選手は多いのだが、国内では希望が少ないために外国に渡って帰化し、そこでオリンピックに出場、メダルを取るケースが何度もあった。かつてソウル五輪にカナダ代表として出場、100メートルで優勝しながら薬物使用で金メダルをはく奪されたベン・ジョンソンはその代表的なひとりだ。

   現在、有力な運動具メーカーがスポンサーとなり、援助して選手の海外流出を防いでいる。ボルトはそのプログラムのなかで育った選手である。北京五輪でもこのメーカーの金色のシューズで走って話題になった。今大会のテレビ中継では、このメーカーのシューズを紹介する「世界最速バンド」のCMが繰り返し流れたが、そこにはボルト自身も登場していた。メダルを取ることによってスポンサーに恩返しする、そしてさらなる支援を望む狙いが、ボルトの言動やジャマイカの選手たちの活躍ぶりにはある。

(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊) 

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