菅直人首相が退陣直前、朝鮮学校へ高校授業料無償化を適用する手続きの再開を指示した。再開そのものへ賛否の声があることに加え、退陣を直前に控えた菅総理が判断するのではなく、新首相に任すべきだったとの指摘も出ている。
菅内閣は2011年8月30日、総辞職した。その前日の29日、菅首相は文部科学省に「手続き再開」を指示した。朝鮮学校の高校授業料無償化の手続きは、10年11月に入って適用基準が発表されてほどなく、11月23日に北朝鮮による韓国・延坪島への砲撃があったことを受け、凍結されていた。
退陣直前の「駆け込み」「姑息」と自民議員
「最後の最後で駆け込みで北朝鮮案件を片付けようとしているように見える。姑息だ」。11年8月29日のツイッターで、朝鮮学校無償化問題でこうつぶやいたのは、陸上自衛隊出身の佐藤正久・参院議員(自民党)だ。
自民党の小池百合子・総務会長も8月30日、民主党新代表に選出されたばかりの野田佳彦氏に対し、「最初の仕事は、この駆け込みを覆すこと」とツイッター上で注文をつけた。「駆け込み」とは、菅氏による「無償化審査再開を指示」のことだ。
菅氏の指示を受けて審査を再開したことを8月29日に明らかにした文科相の高木義明氏は、「駆け込みという気持ちは全くないと思う」と菅氏をかばった。北朝鮮をめぐる国際情勢が、凍結理由となった10年11月の砲撃以前の状況に戻りつつある、との政府内の認識も示した。
審査には2か月程度かかり、適用が決まれば4月にさかのぼって支援金を支給する。2010年度の卒業生への適用も検討するという。
菅氏が、終盤にきて思い出したように決断したのか、反対もある案件を新旧首相交代のどさくさに紛れて実行しようとしたのか、それとも従前から検討を進めてきたことがたまたまこの時期になったのか、はよく分からない。
朝鮮学校関係者は「遅きに失した感がある」
「再開」そのものについては、全国朝鮮高級学校(高校)校長会の慎吉雄会長が8月29日、「遅きに失した感があるが、(再開は)当然のこと」と「1日も早い実施」を求めるコメントを出した一方、北朝鮮による拉致被害者の家族会などは29日、再開指示に抗議する声明を発表し、関連サイトにも掲載している。
家族会などが出した声明では、「やはり菅首相は拉致問題を解決しようという意思がなかったのだなと強い失望を覚える」と強い調子で非難している。政府が審査凍結理由を「砲撃」としていることに以前から反対し、拉致問題を理由に加えるよう訴えてきたが、受け入れなれなかった形だ。
また同声明は、韓国・延坪島付近の海上での北朝鮮による砲撃報道が8月10日にあったことにも触れ、審査再開について「暴挙」と断じている。
8月10日の砲撃報道は、韓国の聯合ニュースなどが韓国軍の情報として報じた。ほどなく北朝鮮当局は、「建設作業の発破の音を韓国が砲撃だとねつ造」と否定した。一方、聯合ニュースは、北朝鮮側の否定コメントについて、韓国軍が「着弾地点を確認した」と反発しているとも報じている。真偽のほどはよく分からない。
確かに、8月に入り、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が核問題を巡る6か国協議に前提をつけずに復帰する考えを示すなど、強硬路線一点張りから転じようとしているようにもみえる。一方で、米国や韓国が協議入り前に北朝鮮に求めている非核化行動については、北朝鮮は十分に応じていないとして6か国協議の早期開催を困難視する報道もある。
ネットでは「最後っ屁キター」の声も
ツイッターなどネット上の反応も、菅氏指示による審査再開について概ね批判的な意見が多いようだ。「最後っ屁キター」「最悪の置き土産」といった具合だ。審査再開を報じた産経新聞(8月30日付朝刊)は、菅氏の資金管理団体が拉致事件容疑者親族の関係政治団体側に6000万円以上もの献金をしたことが発覚したとも指摘、「民主党全体の親北体質が注目されている」と指摘している。
元外務官僚で駐レバノン特命全権大使も務めた天木直人氏は、菅氏のこの時期での決定について「間違っている」と断じた。賛否が大きく別れる問題なのに、問題点を詰める議論をこれまでオープンにしてこなかったからだ。「新首相の下で議論を重ねてから結論を出すべきだった」と話す。
また、北朝鮮をめぐる国際情勢が10年秋の砲撃事件以前に戻りつつある、という認識については、「それをうかがわす発言が北朝鮮側からあったという報道だけで、具体的にはまだ動きはない。特に対日本の厳しい姿勢は変わっていない」と指摘した。