「天然の無常」―被災者は取り乱さなかった【岩手・花巻発】

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色紙を求められた山折さんは「天然の無常」と書いた=花巻市文化会館で
色紙を求められた山折さんは「天然の無常」と書いた=花巻市文化会館で

(ゆいっこ花巻;増子義久)

   「仏の影もお地蔵さんの姿も感じられなかった。賽(さい)の河原の光景とはこういうものだろうか。心底、地獄だと思った。」―。宗教学者の山折哲雄さん(80)は4月中旬、被災地に足を踏み入れた時の気持ちをこう切り出した。講演会場を埋め尽くした聴衆は身を乗り出すようにして聞き入った。「津波が去った後の海はキラキラと輝き、瓦礫(がれき)の向こうには美しい稜線が見えた」と山折さんは続けた。


   東日本大震災から5か月目の11日、花巻市文化会館で開かれた講演会―「3・11大震災とイーハトーブ…岩手の風土から復興の原点を問う」には花巻へ転入した沿岸被災者を含め、900人以上が詰めかけた。山折さんは冒頭の自然が抱え持つ2面性について、物理学者で随筆家の寺田寅彦(1878~1935年)を引き合いに出して次のように話した。


   「この世に永遠不滅なものはない。寺田はそれを『天然の無常』と表現した。自然に抗わずに頭(こうべ)垂れる。そういう太古からの感情が日本人の体には染みついている。ハリケーンに襲われた時、米国人は怒り悲しみ、もがき苦しんだ。それに比べて今回の大震災の被災者の表情は取り乱すこともなく、穏やかだった。寺田がいう『無常観』が根底に横たわっているからではないか」


   「長い時を経て日本列島に築かれた文明の本質を自然科学と人文学の両面から分析した先駆者の一人が寺田だった。自然災害と科学技術のあり方とそこに立脚する日本人の精神性についての鋭い分析を今こそ思い起こさなければならない。寺田が生きていたら、地震列島の上に原発大国を築くような愚(ぐ)は決して許さなかったはずだ」


   山折さんはまた「ノアの方舟(はこぶね)」と「三車火宅(さんしゃかたく)」の二つの物語を例に挙げながら、大震災後の進むべき道筋を指し示した。「旧約聖書のノアの方舟は神が地上に大洪水をもたらすと予言し、選ばれた人間だけが助かるという物語だ。このように西洋の歴史や文明は、生き残りのためには必ず犠牲が伴うという観念に基づいて形成されてきた」と山折さん。


   「これに対して、日本人の深層心理の中には犠牲者を出さずに全員を救いたいという考えがある。その一つが法華経の『三車火宅』の物語。この世を燃えさかる家にたとえ、家の中で無邪気に遊ぶ子どもたちを救出するという内容である。放っておけば、火に巻かれて全員が死ぬかもしれない。そこで父親はきれいに飾り立てた車が外にあると言って子どもたちを誘い出し、全員を救い出す。しかし、西洋文明を受け容れた明治以降、日本人はこの二つの物語のジレンマの狭間(はざま)を揺れ動いてきた」


   「今回の大震災の直後、米国から『福島のヒィフティ・ヒーロー』というメッセ-ジが届いた。命を賭けて、放射能の拡散防止の作業に従事する50人の最前線の労働者をヒーローとほめたたえたのである。50人を犠牲にしてでも助かりたい。これこそが『ノアの方舟』の思想だ。これに対して、50人の命を救出すら代わりに我々全員が放射能を浴びるリスクを引き受けることができるのか。『3・11』とはこうした究極の選択肢を私たちに突きつけているのかも知れない」


   山折さんは「このジレンマに一番苦しんだのは花巻が生んだ宮沢賢治ではなかったのか」と述べ、自伝的な作品と言われる『グスコーブドリの伝記』を引用しながら、講演会を次のように締めくくった。


   「法華経の熱心な信者で科学者でもあった賢治は冷害で苦しむ農民を救出するため、火山を人工的に爆発させ、温室効果によって空気を暖めようと考えた。しかし、爆破するためのスイッチを押すためには一人は火山に残らなければならない。その役割を買って出たのがブドリ、すなわち賢治だった。寅彦の天然の無常、賢治の自己犠牲の精神から学ぶべきは自然に対する畏敬(いけい)の念ということだと思う。『3・11』は生者同士の横の対話以上に死者との対話の重要性を教えてくれた。死者の声を聞こうという縦軸の対話のルート…私はこれを生者と死者との『対魂関係』と呼んでいる。今回の大震災の復興はこの対話を通じてしか道行きを見出すことができないと思う」

最新刊の『絆 いま、生きるあなたへ』と『寺田寅彦随筆選 天災と日本人』<br />
合わせて100冊はあっという間に完売。サインを求める長蛇の列ができた
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世代を超えた聴衆が会場を埋め尽くした。中には熱心にメモを取る人も
世代を超えた聴衆が会場を埋め尽くした。中には熱心にメモを取る人も
山折さんは時に瞑目(めいもく)しながら、<br />鎮魂の言葉を静かに話し続けた
山折さんは時に瞑目(めいもく)しながら、
鎮魂の言葉を静かに話し続けた


「ゆいっこ」は民間有志による復興支援組織です。被災住民を受け入れる内陸部の後方支援グループとして、救援物資やボランティアの受け入れ、身の回りのお世話、被災地との連絡調整、傾聴など精神面のケアなど行政を補完する役割を担っていきたいと考えています。
岩手県北上市に本部を置き、盛岡、花巻など内陸部の主要都市に順次、支部組織を設置する予定です。私たちはお互いの顔が見える息の長い支援を目指しています。もう、いても立ってもいられない───そんな思いを抱く多くの人々の支援参加をお待ちしています。
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