菅直人首相がとうとう辞めそうだ。菅首相は2011年8月10日午後の衆院財務金融委員会で、公債発行特例法案と再生可能エネルギー法案が成立すれば速やかに民主党代表選を実施し、新代表が決まれば、「自分の総理という職務を辞する」と言明した。国会の場での発言なので、いよいよ退陣の覚悟を固めたとみてよいかもしれない。
これまで、6月の内閣不信任決議案可決を封じるための、あいまいな言い方に終始してきた菅首相であるので、そう迂闊に信じていいかどうか分からないが、民主党代表選がセットされるなら、もう終わりだろう。
財務省が菅首相を見切ったということ
9月以降、外交日程が目白押しだが、菅首相では日程調整すらできない状態で、菅首相の居座りの限界だった。それに、野田佳彦・財務相が10日発売の月刊誌「文芸春秋」で事実上の出馬宣言をした。これは財務省が菅首相を見切ったということであり、菅首相も財務省の後ろ盾なくして政権運営はもうできない。財務省も、増税を行うためには菅首相はもう用済みであり、これ以上菅首相に居座られると、増税が危うくなるということで、増税を旗幟鮮明にした野田氏に乗り換えたわけだ。
これで、代表選は、増税か非増税のどちらの路線かで、争われることになるだろう。これまでのところ、増税は野田財務相、非増税は小沢鋭仁・元環境相、馬淵澄夫・元国交相である。
増税か非増税かの争いは、親デフレか脱デフレか、円高容認か円安誘導かという争点とも密接に関係することにも留意しなければいけない。
実は増税論者は、親デフレかつ円高容認だ。というのは、脱デフレになると、税収が上がり、増税を言いだせなくなる。国民にとっては、それでハッピーなのだが、増税論者は「税率」を上げたいのであって「税収」が上がるのは困るのだ。
なぜ「税率」なのか。それは税率を上げると、必ず軽減税率(か、そのほかの減税措置)の話が出てきて、それを受け入れることが利権になるからだ。
消費税、法人税が取引材料に
そのいい例は、消費税だ。今は5%であるので、軽減税率はない。ところが、10%になれば、軽減税率かゼロ税率の話が必ず出てくる。そして、特定業界は軽減税率かゼロ税率が認められる。
例えば、新聞は紙面上では消費税率引き上げに賛成であるが、一方で新聞社には軽減税率が認められることは財務省との間で暗黙の了解になっているという噂だ。また、経団連も消費税率引き上げに賛成であるが、法人税率の引き下げをバーター条件にしている。財務省も税率引き上げの一方で、軽減税率などを認めることが権限拡大になるので、ハッピーなのだ。
デフレも円高も同じ現象だ。円とドルとの相対量で円のほうが過小でドルのほうが過大であれば、ドルの希少価値が低くなってドル安・円高になる。また、円とモノとの相対量で円のほうが過小でモノのほうが過大であれば、モノの希少価値が低くなってデフレになるからだ。
要するに、増税対非増税は、「増税・デフレ・円高」対「非増税・脱デフレ・円安」の争いだ。増税・デフレ・円高でメリットを受ける人は、官僚、規制業者など既得権者が多い。増税論者は、増税を言わない人に対し、イヤなことから逃げているというが、むしろ逆で、モノをいわない人に押しつけ、既得権者との闘いから逃げている。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。