大関魁皇がマゲを切る-。通算最多勝利という花道を自ら作って土俵を去った。不祥事が続き、再生を誓った大相撲にとって、この日本人トップ力士の引退は痛い。後継者は誰になるのか。
通算最多勝、横綱になっていたら達成できなかった?
「攻めるという気持ちがなくなった」
魁皇は引退の理由をそう言い表した。それが「自分の相撲が取れなくなった」ことにつながり、最後の決断をしたというのである。名古屋場所10日目(2011年7月19日)、大関琴欧州に敗れ、23年間、通算1047勝の最多記録を土俵に残して別れを告げた。38歳の夏だった。
5日目に旭天鵬に勝って新記録を達成したとき、それまでの記録保持者だった元横綱千代の富士(現九重親方)は「しっかり相撲を取れば、結果はついてくる」と言った。勝つことの重みを知っている者の賛辞だった。
ただ、大記録を全面的に評価する声ばかりではないことも事実だ。「横綱を張った千代の富士とは内容が違う」との見方だ。これはファンの思いとは異なる「プロの目」。
横綱と大関の違いがそこにある。横綱は最高位に就いた瞬間から「引退のことを考えて土俵に立つ」厳しい立場で、優勝争いが出来なくなれば引退の声が出るし、横綱審議委員会から「引退勧告」も出る。大関にはそれほどの圧力がかからない。魁皇が横綱だったらこんなに長く相撲を取れなかっただろう。カド番13回でも許された大関ゆえの記録達成ともいえる。
稀勢の里は伸び悩み、その他の力士は名前すら上がってこない
相撲協会からは早くも「魁皇のいない大相撲をどう運営していくのか」との不安が出ている。いうまでもなく、横綱白鵬を始めとする上位は外国人力士が占めている。そして魁皇の引退でついに大関以上に日本人ゼロ。いよいよ本格的なファン離れが起こるのではないか、と。
魁皇はそんな外国人全盛のなかで頑張ってきた。持病の悪化で引退寸前のときもあったが、それでもマワシを締めたのは、外国人に好きなようにさせてたまるか、自分の後継ぎが育つまで、という思いがあったと思われる。
実態はどうか。相変わらず優勝は白鵬の独占状態。後継者は、最も期待された稀勢の里は伸び悩み、その他の力士は名前すら上がってこない。今場所、関脇琴奨菊が大関取りに挑戦しているが、魁皇の後継者になれるかというと疑問符がつく。
気になるのは観客が少ないことである。初日から客席は空席が目立つ。魁皇の大記録挑戦という大きな話題がありながら、だ。協会の想定を上回る観客不在だったという。
大相撲はしきたりや取決めが厳しく、観客動員のイベントはしにくい。だから他のスポーツのように人気歌手やタレントを土俵に呼んで関心を集めるといったことはまずできない。もし、それをしたら、従来の長い付き合いのファンから批判を浴びるだろうし、彼らは間違いなく去っていく。
相撲への信頼を失わせ、観客減の要因となった野球賭博、八百長問題は、過去の済んだことではない。場所前のアンケートでは、疑惑が晴れたと見ているファンは極端に少なかった。
魁皇の後継者が見当たらず、いまだに疑惑の数々が尾を引く中で、相撲協会は、これまで以上に厳しい土俵運営を強いられることになりそうだ。(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)