高橋洋一の民主党ウォッチ
改革派官僚「肩たたき」にみる 民主党の裏切りと天下り復権

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   テレビなどに登場し話題になっている官僚の古賀茂明さん。私の旧知の人だ。経済産業省事務次官から「肩たたき」(勧奨退職)を受けている。2011年7月6日の国会でも議論になった。塩崎恭久・衆議院議員(自民党)と渡辺喜美・みんなの党代表が取り上げていた。

   今回の経緯はかなり前の公務員改革にさかのぼる。公務員改革は必要性は叫ばれていたものの、歴代内閣は当面の仕事を優先してなかなか手をつけなかった。小泉政権でも郵政民営化で手一杯で公務員改革まではできなかった。

政策金融改革揺り戻しでほくそ笑む霞ヶ関

   ただ、郵政民営化とコインの裏表の関係になっている政策金融改革では一定の効果もあった。各省事務次官の天下り先であった各省の政策金融機関を一本化したために天下りポストが激減したからだ。しかし、民主党への政権交代で、郵政民営化の逆行とともに、政策金融改革も揺り戻しが起こっている。さぞかし霞ヶ関官僚はほくそ笑んでいるだろう。

   公務員改革に本格的に着手したのは安倍政権だ。私は郵政民営化・政策金融改革を小泉政権で担当していたが、そのまま安倍晋三総理(当時)に請われて安倍政権に残った。そこで公務員改革のプランづくりを行った。

   第一段は国家公務員法の改正で、天下りあっせんを禁止した。第二段は公務員改革基本法で、内閣人事庁構想などその後の公務員制度改革プランが盛り込まれていた。そのプランの実行部隊が国家公務員制度改革推進本部で、2008年7月からスタートした。

   私は安倍政権での政治任用で内閣参事官(総理大臣補佐官補)だったので、安倍総理退陣の後に自動的に退職した(08年3月)。

   公務員制度改革を強力に推進するためには事務局に有能で志のある官僚が必要ということで、当時の渡辺喜美・行革担当大臣の肝いりで古賀さんが国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に内定した。しかし、渡辺大臣は08年8月の内閣改造で退任。麻生政権になると公務員改革の動きはなくなった。

古賀茂明氏を応援する超党派議連も

   一方、民主党内では逆に公務員改革の動きが活発化していった。そのため、古賀さんも私も民主党に期待していた。

   2009年9月に政権交代すると、今度は民主党が急に公務員改革から逆行しはじめる。古賀さんは当初必死に支えていたが、09年12月に国家公務員制度改革推進本部事務局審議官を解任され、経産省官房付になった。それ以降、雑誌などで政府の公務員制度改革案を批判するようになった。官房付というのは本来、地方などへの人事異動時の一時的な待機ポストであり、1年半以上も留め置かれることはない。明らかな懲罰人事だ。

   民主党による逆行では特に、2010年6月の現役出向の枠を拡大して、それまで「裏下り」とかいわれていたものを、正式な制度としてしまい、「天下り」ではないと位置づけたことは酷かった。ここまで官僚のいいなりになると、天下り全廃をとなえて政権交代したのは何だったのか。

   古賀さんは、最近では東電の賠償スキームを批判している。これもまっとうな話だ。あのスキームでは、諸外国で行われている電力自由化(発送電分離)は当分行えないから、電力料金値上げという結果になる。

   松永和夫・経産事務次官は、電力自由化をいかに遅らせるかに腐心し、今回の福島原発事故の原因になった甘めの津波基準の作成責任者だった。そういう人から、正しい公務員改革や電力自由化を主張している古賀さんが肩たたきを受けるのはあまりに理不尽だ。

   7月5日には古賀さんを応援する超党派の議連もできている。ここは、古賀さんに頑張ってもらって辞めないで、政府内からどんどんと情報発信してもらいたいものだ。そんな官僚が今求められている。


++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。


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