阪神大震災の経験を胸に 被災地を2度訪問した大学生【宮城・南三陸】

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   2011年3月11日14時46分18秒、宮城県沖で発生した日本史上最大級の地震は東日本全体を麻痺させた。巨大地震で混乱していた街々は津波という更なる悲しみの波にのまれ、未だ被害の全容が見えない。

   この地震が起きた時、私はすぐ阪神淡路大震災を思い出した。私は当時震源地の近くに住んでいたため、街が壊れた様をこの目で見ていたのだ。幼稚園児だった私でもあの時の非日常的な生活はまだはっきりと記憶に残っている。世界が大きく縦横斜めに揺れ、周りの家具が自分や親にまるで敵意を持っているかのように襲いかかってきた。大切な思い出の品々と大好きだったペットを失い、しばらく友達と離れ離れに暮らした。当時の私にはとても悲しい出来事だった。「子どもは意外と地震に対してトラウマを持っていない」という意見をまれに聞くが、決してそうではない。仮に、揺れやその後の非日常的な生活に対してのトラウマはなくても、復興とともに大人に見えない悲しみを子どもながらに背負っているのだ。「今回の震災でも大きな悲しみを背負ってしまった子どもはたくさんいるはずだ。その子たちは今どんな気持ちでどんな暮らしをしているのだろう」。少しずつ時間が経つにつれてその問いが頭から離れなくなった。

阪神淡路大震災の苦い経験を繰り返さないために

南三陸町のボランティアの統括をしているベイサイドアリーナにあった応援幕の写真(6月4日撮影)
南三陸町のボランティアの統括をしているベイサイドアリーナにあった応援幕の写真(6月4日撮影)

   そんな折、友達の誘いから、関西学院大学の学生を主体とするHeart on Coin"絆"プロジェクトにかかわることにした。寄付金とともにメッセージを集めてフラッグやムービーを制作し、被災地の学校に届けるというものだ。メッセージだけではお腹いっぱいになれないが、かといって私たちが支援できる程度の額のお金では被災された方々が失ったものを埋め合わせる事も出来ない。しかし、お金にメッセージ(気持ち)を添えることによって金額を超えた支援が出来るのではと考えた。また、支援する学校と支援される学校が繋がることで、支援・被支援の関係が終わっても両者が協力し合う、兄弟校のようになって欲しいという願いも込めている。阪神淡路大震災のとき、時が経つにつれて被災地以外の人々の気持ちが遠のいてしまった苦い経験を繰り返さないためである。

   プロジェクトを通して4月15日から1泊4日で西宮市教育委員会の方々の引率で現地ボランティアとして宮城県南三陸町歌津地区に行く機会をいただいた。震災後初となる被災地への訪問。移動は全て大型バスで、学生12名、西宮市教育委員会職員2名、バスの運転手2名の計16名で乗り込んだ。

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