お笑い芸人の猫ひろしさんが、2012年のロンドン五輪のマラソン競技に「カンボジア代表」として出場するため、同国の国籍を申請した。カンボジア五輪委員会の理事長を伴って会見し、真剣さをアピールしてみせた。
だが国籍を取得するには、カンボジアに7年以上住み、言語に堪能であるなど諸条件がある。簡単にクリアできそうにない内容だが、大丈夫なのか。
投資2500万円、寄付2000万円で「免除」
猫さんのマラソンの実力は本物だ。2011年2月27日に開かれた東京マラソンでは、2時間37分49秒をたたき出した。初出場だった3年前の記録から1時間10分ほど更新している。ただし、日本のトップレベルには及ばない。3月6日に開催され、国際大会の代表選考会も兼ねる「びわ湖毎日マラソン」のタイムに当てはめると、151位にとどまる。とても「日本代表を目指す」というレベルではないのだ。
そこで猫さんが考え出したのが「カンボジア代表で五輪のマラソンに出る」という離れ業だ。カンボジアから08年の北京五輪に出場したヘム・ブンティン選手のタイムは2時間26分台。日本代表クラスと比べれば、代表権を勝ち取る可能性は高くなる。
五輪憲章では競技者の国籍について、その競技者の参加登録を行う国の国民でなければならないと定めている。つまり猫さんがカンボジア代表となるには、カンボジア国籍の取得が絶対だ。カンボジアの国籍法を見ると、第4章に「帰化」の項目があり、諸条件が示されている。
日本が生活の拠点である猫さんにとって最も高いハードルになりそうなのが、「カンボジアに7年間継続して居住していなければならない」という条項だ。正確には、同国の移民局が発行した居住証の受領日から7年、とある。さらに、帰化申請時に同国に住んでいること、カンボジアの公用語であるクメール語が話せて同国の歴史に関する理解もあること、なども条件だ。
仮にこれらが満たせない場合でも可能性は残っている。別の条文を見ると、カンボジアの産業に2500万円以上の投資をした場合、あるいは国家に対して2000万円以上を寄付した場合は、「7年以上の居住」は免除されるとあるのだ。
「最終決定は、カンボジア国王令に基づく」
だがカンボジア国籍法13条には、このような定めもある。
「カンボジア王国に特別な利益をもたらしたり、功績をあげたりしたことを証明できる外国人は、第8条3項に示されている条件を満たしていなくともカンボジア国籍を申請できる」
「第8条3項」とは「7年間の居住」という条件を指す。つまり猫さんがマラソンで活躍し、カンボジアの名誉を高めるような成果を挙げられるのなら「特例」として、細かい条件抜きで申請を認めるというわけだ。さらに同法では、「帰化の決定は、カンボジア国王令に基づく」となっている。要するに、最終的には国としての判断がモノを言うことになる。
猫さんにとって追い風なのは、カンボジア五輪委員会(NOCC)のサポートがあることだ。2011年6月21日の猫さんの会見にはNOCCの理事長が同席。既にカンボジア国籍を申請中だと明かし、NOCC理事長も取得を後押ししていると話した。NOCCのウェブサイトには、なぜか「猫ひろしさん・プノンペンハーフマラソンパートナー」との紹介文とともに本人の写真が掲載されているほどだ。このマラソン大会は6月18日に実施され、猫さんは2位と大健闘だった。
ただし日本の国籍法では、自ら希望して外国の国籍を取得した場合、日本の国籍を喪失するとなっている。また猫さんがカンボジア国籍を認められれば、同時にカンボジア国民としての義務も発生する。
ロシア国籍を取得し、2010年のバンクーバー五輪フィギュアスケートのペアにロシア代表として出場した川口悠子選手は、「国籍が日本でなくなるということは重大な決断」と発言した。会見では芸人らしく笑いを振りまいた猫さんだったが、本人にとっては葛藤の末の決断だったかもしれない。